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 古書店裏手の広々した庭で、競うように雪玉を転がしたアスカと籽玉、マシシとシイラのふた組は、出来上がった二つの雪玉を前に大きな問題にぶつかっていた。

 「あのさ、もしかしてこれ持ち上がらないんじゃね?」
 「ぼくもそう思う」
 「ナンで誰も止めねーんだよ」
 「こんなにおおきくなるなんて、すごいねーぇ?」

 アスカと籽玉が作った大きいほうの雪玉はアスカの腰ほどまで高さがあり、マシシとシイラが作った頭用の雪玉はそれより一回りほど小さいとはいえ、それでもこの四人では到底体用の雪玉に乗せる事はできなさそうだった。

 「籽玉お前、琅玕呼べよ」
 「え、呼べるのか?」

 アスカが持ち上げられないほどの重たい鞄を涼しい顔のまま片手で持っていた琅玕ならば、とアスカは籽玉に期待の目を向けるが、籽玉にはふっ、と鼻で笑われてしまう。

 「無理言わないで」
 「そうかぁ? お前が本気で名前呼べばホントに来そうだけどな、あいつ」
 「馬鹿じゃないの? そんなわけないじゃない」

 片方の口角だけを上げる籽玉の笑い方にあまり感情が篭っていないように見えて、アスカはじっと相手の顔を見た。気付いているのか否か、籽玉はちらとアスカを一瞥してから空を仰いだ。つられて上を見ると、曇天に小さな白い欠片がひらひら舞い始めていた。

 「雪だ!」

 空へ向かって手を伸ばすと、舞い落ちてきた雪が赤くなった指先に触れてすぐに溶けてしまった。雪玉ですっかりかじかんだ手を口元に当てて吐息で温めながら、次々降る雪を眺める。

 「わっ」

 小さな悲鳴の聞こえたほうへ目を遣ると、マシシが被っていた毛皮の帽子を外して傍らのシイラの頭へ被せたようだった。シイラは目深まで覆った帽子を手袋をはめた右手で押し上げ、戸惑った視線をマシシへ向ける。

 「被っとけ」
 「でもまししにゆきが……」
 「オレはフードが付いてる」
 「……ありがとう」

 マシシは首の後ろから外套のフードを引き上げて被り、指先で帽子の垂れをふわふわと弄りながら笑顔を向けてくるシイラからぷいと顔を逸らした。
 そのフードを被った後頭部に、雪の塊がびしゃりと当たる。

 「痛って!! ァんだよ!?」

 後頭部を擦りながら振り向くと、手のひら大の雪球を持った籽玉がマシシ達の方を見てにやにやと笑んでいた。

 「てめぇ籽玉!!」
 「アスカ、雪合戦ってこうやるんでしょ?」
 「ま、まぁ……ほんとは壁とか作ってチームに分かれてやんのかな? 俺も詳しくはぶっ」

 マシシが投げた雪球を籽玉がしゃがんで避け、そのままアスカの顔面にクリーンヒットする。アスカの顔を見て高い声で笑う籽玉の声、マシシが噴き出す気配。アスカは顔に付いた雪をゆっくりと右手で払い除けて、笑う二人を睨み付ける。

 「やったな、この!!」
 「きゃはは! アスカの投擲がぼくたちに当たるわけないじゃない!」

 しゃがんで雪球を作る間に距離をとった籽玉目掛けて雪を投げても軽々かわされてしまう。フェイントのように投げる相手をマシシの方へ切り替えても、笑ったまま軽々避けられる。また雪球を拵える為にしゃがみ込んだアスカの頭と肩に左右から飛んで来た雪球がヒットした。

 「だぁあもう!! 二対一とか卑怯だろッ!! ……あ」
 「!」

 立ち上がりざまに振り投げた一つが手から抜けてシイラの方へ飛んでいく。当たりかける間際、横から鞭のように飛んで来た長い鎖が空中で雪球を砕いた。鎖がじゃららと擦れる音を立てながら、マシシのバングルに巻き付いて回収される。
 アスカから驚きの視線を受けたマシシがはっとして、都合の悪そうな顔をする。鎖はみるみるうちに小さく収縮して一つの指環の形になり、マシシの人差し指に収まった。

 「おや、武器を使うのもありなのかい?」
 「無しだって、無し!!」
 「お前はタチがわりぃからやめろ!」

 自分のたっぷりとした袖口に手を差し入れて何かを取り出そうとした籽玉へ、アスカとマシシが同時に雪球を投げ付けた。斜め左右、しかも上手いこと上下に別れた雪球に籽玉は二の足を踏む。不意に横切った影が、籽玉の脇腹に腕を掛けて彼をその場から連れ去った。

 「琅玕!」

 一瞬で影が通り過ぎた方をアスカ達が見ると、籽玉の脇腹を抱きかかえた琅玕が箒の上から見下ろしていた。脇に抱えられたままどこかむすくれたような態度の籽玉を地上に下ろして自分も箒から下りる。

 「琅玕、お願いがあるんだけど……」
 「?」

 控えめなアスカの要請に琅玕はひとつ頷くと、箒と鞄を置き、マシシとシイラが作った小さいほうの雪玉に両手を掛けた。片手でひょいと軽々、とまではいかないものの、せいぜい川原にでも転がっている大きな石を抱え上げる程度の反動だけで雪玉を頭上に持ち上げると、指示された通り大きな雪玉の上に置いた。そのまま支えていてくれと追加で注文を付けられて琅玕が支え持つ間に、アスカが雪玉の接合部に地面から掬った雪をぐるりと一周足していく。琅玕がそうっと雪玉から手を放しても、アスカの目論見どおりぐらつくことなく安定してその場に鎮座する。
 上下に連なった大きな雪玉を、琅玕は不思議そうに眺めた。

 「これは……?」
 「雪だるま。 ここに顔っぽくパーツを置くんだよ」
 「……?」

 ちょっと待っててな、と言い残してアスカは一旦古書店に戻り、キッチンを物色してプチトマトふたつと小さめのにんじんを一つ拝借して庭へ戻る。指で雪だるまの頭部をぐりぐりとやって穴を開けて、目の部分にプチトマトをそれぞれ埋め込み、鼻の部分ににんじんを突き刺した。

 「これ顔か?」
 「かお……かってきかれるとびみょうなところなきがするねーぇ? ちょっとぱーつがたりてないのかもしれないねぇ」
 「眉毛とか口とかか」

 最低限の顔パーツが嵌められた雪だるまへマシシとシイラが感想を述べるのを尻目に、アスカは勝手のわかってきた物置の戸を開け、がさごそとその中を漁った。ブリキのバケツと、煙突掃除のブラシをジョイントする柄部分の棒を二本取り出す。棒を雪だるまの体の左右に斜め上を向けて突き刺し、頭にバケツを被せているとシイラが手を出してきて、プチトマトの瞳の上に葉っぱを一枚ずつ、茎を挿して横向きに貼り付けた。

 「……アスカじゃね、その眉毛」
 「! ふふっ」

 随分と眉の主張が激しい雪だるまへの冷静なマシシの突っ込みにシイラは口元を右手で押さえて笑い、マシシも自分の言葉に口の端をぴくぴくと引き攣らせる。

 「失礼な事言うなよなぁ!!」

 くわっと振り返ったアスカの眉を注視して、マシシはついに噴出して大声でげらげらと笑い始めた。真っ赤になったアスカが抗議の意味を篭めてシイラを睨むと、シイラは口元を押さえたままさっと顔を逸らして肩を震わせる。

 「似てるって、似てる」
 「……確かに」
 「琅玕まで!! ……俺ちょっと気にしてんのに……」

 真面目な顔で頷く琅玕にとどめをさされたような心地でアスカは指で自分の眉に触れながら口を尖らせた。あれは中学生の頃だっただろうか、人より少し太い眉の形を気にして、整えようと剃刀で思い切り剃り落としてしまった苦い記憶が蘇る。今思い出しても、夏休み中の出来事で本当によかった。そう心の中で嘆息する。

 「そんなにきにするほどじゃないとおもうよーぉ? ふふっ」
 「笑いながら言われても全ッ然説得力ないんだけ……っくしゅッ」
 「ひくしゅっ」

 アスカが横を向いてくしゃみをするのと同時にもう一つ聞こえて、鼻を擦りながらその方向を見ると、此方に背中を向けてしゃがみ込む籽玉も小さく鼻を啜っていた。すぐに琅玕が自分の上着を脱いで、普段の服装に薄い肩掛けを羽織っただけの籽玉の肩に掛けてやる。

 「帰ろう、籽玉」
 「……」

 籽玉は無言でこくりと頷いて立ち上がり、両手のひらで包み持った少し歪で小さな雪だるまを、立派な眉毛の雪だるまの隣にちょこんと置いた。赤くかじかんだその指先を見た琅玕が手袋も外して籽玉に渡し、箒を取って宙に浮かばせた。

 「お前ホントに過保護だな」
 「ゆきでしかいがわるいだろうから、きをつけてねーぇ?」
 「またな、琅玕」

 見送る三人に軽く頭を下げ、不満げながら大人しく後ろに横座る籽玉を載せて、琅玕は雪空の中を箒で高くまで上昇する。顔や衣服に当たる前に雪が溶け消えていくのは何かの魔法道具を使っているからなのだろうか?アスカが観察しているうちにすぐ二人の姿は見えなくなった。

 「今日の籽玉は妙に素直に琅玕の言う事聞いてたなぁ」
 「あいつらん家って森の中だろ? 除雪がきかないからこんだけ積もったらあいつも琅玕の箒に乗って帰るしかねーんだよ」

 しゃがんで雪をこねはじめたシイラの隣で自分も雪の玉を作り始めながら、マシシがもう雲とちらつく雪しか見えなくなった空を仰いだ。

 「ま、それでもごねるのが籽玉だけどな。 あの様子からして大方喧嘩でもしてんだろ」




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