:: RM>>12-02




 「口恩……それで急に訪ねて来たわけだね。 それにしてもアスカ、随分と運が悪いこと」
 「ほんとだよ……さんきゅ」
 「さん?」
 「ありがと、って意味」

 訪問の理由を聞き終え、先日琅玕が貸した空の重箱の包みを受け取るかわりにアスカへ手巾を渡す籽玉は、相手の頭からつま先までをしげしげと眺め、口元に袖を当ててくすくすと笑う。
 体に僅かな霧雨が纏わり付く程度だった空模様が、琅玕と籽玉の家へ向かうたった十分ほどの間に酷い土砂降りへと変わったのだった。幸い雨脚が本格的に強まった頃には森に入っていたおかげで直撃こそ免れたものの、呼び鈴を鳴らされる前に玄関から顔を出した籽玉がアスカの姿を捉える頃には、濡れた髪から雫が滴り落ちていた。
 アスカは玄関先で髪と服を拭いながらひとつくしゃみをして、ぶるると肩を震わせた。

 「冷えたろう、可哀想に。 温かいお茶でも出してあげたいところなんだけれど」
 「いいよいいよ、お構いなく。 籽玉ってなんかそういうの苦手そうだし……」
 「やあ失礼な……ま、その通りだけれどね。 さあお入りよ」

 玄関から真っ直ぐ伸びる長い廊下の一番奥、数段の階段を上った先の左右には扉があり、籽玉はその右側の引き戸を滑らせて開く。
 部屋に染み付いているのは香の匂いだろうか、アスカは甘い香りを嗅ぎ取りながら促されるまま部屋へ踏み入った。入って正面の大きな丸い飾り窓、天蓋のついた寝台、装飾の華美な飾り棚など、見慣れぬ意匠の家具たちに目が奪われる。

 「適当に座っていて。 香を焚いてもいいかい」
 「あ、うん」

 入り口に突っ立って部屋を見回すアスカの背中を押して室内へ入らせ、籽玉は後ろ手に扉を閉めた。低い箪笥の上、様々な形の香炉が乗る飾り棚、その隣に置かれたひときわ大きく重たそうな薄緑の香炉へ、渦を巻いた香を乗せて魔法道具で火をつける。炎にふっと息を吹きかけて消すと香の端から細く煙が立ち上り、少し経てばアスカの立つ部屋の中央にも香りが届いた。はじめに嗅ぎ取った甘い香りとはまた違う、何となく力の抜けるような、緊張の解けるような、不思議な香りだと感じる。

 「そこ、靴を脱いでね」
 「ん、ああ」

 飾り窓から外を覗こうと、そのすぐ下の床に敷かれた段通を踏もうとしたアスカに、籽玉が振り返らないまま声を掛けた。
 アスカは言われた通りに脱いだ靴を端に揃えて上がる。赤地に細かな紋様の入った段通へ胡座をかいて座っても、低めの位置から天井近くまで切り取られた窓からは外の庭がよく見えた。

 「さて……。 何も言わずにぼくの所に寄越したって事は、アスカの魔力の状態を診ろ、って意味だろうと判断するよ」

 香から立ち上る煙を手で仰いで体に浴びるようにしていた籽玉がアスカを振り返り、自分も靴を脱いで段通へ上がる。

 「俺の魔力を? なんでまた?」

 籽玉は二人の間に置かれていた小振りな黒い座卓を端へ除けて、アスカのすぐ目の前に膝立ちになった。アスカの脚と籽玉の膝がぶつかりそうなほど、既に衣服は触れ合っているほどに近い距離。

 「えっ、し、籽玉……?」
 「黙って、肩の力を抜いていて」
 「っ……」

 籽玉の左手がアスカの肩を掴み、右手は頬、首、肩、腕、腰、脚と、撫でるように全身へゆっくりと滑ってゆく。いつになく真剣な表情にアスカも言葉を重ねるのを控え、口の端を引き結んでくすぐったさを堪えた。
 ゆっくりと時間をかけて全身を探り終えた右の手のひらが、アスカの左胸へ辿り着いてぴたりと止まる。

 「……哦、初めに見た通りだね。 アスカの中で溜まりすぎた魔力が、外へ出たい出たいと騒いでいるよ」
 「魔力が……? 溜まりすぎ?」
 「是的。 そのせいで体が常に興奮状態にあるから寝付けないんだね。 前にも言った通り、基本的にアスカは常に魔力を垂れ流している状態なんだけれど……、……もうすぐ星も降る、し……放出が追いつかなくて……魔力も溜まる……一方なんだろうね……」

 長い言葉の途中から籽玉の声色へ少しずつ甘さが混ざり始め、徐々に瞳が据わってきていた事にアスカは気が付かないまま、眉を寄せて言われた意味を理解しようと首を捻る。

 「うーん? それって……どうしようもない、って事か?」
 「不然、どうしようもない……なあんて事はないよ……?」

 籽玉は相手の胸元を擦り続けていた手を止め、その細腕をするりとアスカの首へ回して上から顔を覗き込む。はっとしたアスカが顔を上向けると、熱を孕んで潤む翡翠の瞳が視界を奪う。うっとりと目を細めて口角を吊る籽玉の吐息が微かにアスカの唇を撫ぜた。

 「手っ取り早いのは……精と一緒に出してしまう事……だよねえ……」
 「せ、せせ精って……ちょ、籽玉」

 アスカが慌てて相手の両肩を掴んで押し返すと、籽玉は妖しげな笑みを深めて、アスカの首に絡めたままの指先で項を襟足ごとなぞる。ぞわりと走った擽ったい感触にアスカはつい抵抗の力を弱め、それを見透かすように籽玉がまた大きく距離を詰めた。

 「たっくさん、するようだけど……ぼく、いいよ……? ついでにアスカの体も暖まって……丁度いいと思わないかい……?」
 「し、ぎょく……ッ」

 遠慮のない力で肩を押され、アスカは後ろに倒れて背中を床に付ける。胡座をかいていた脚が外れたのをいいことに、籽玉はその脚の間へ体を割り込ませて、両手を真っ赤に染まり上がったアスカの顔の左右に突いた。
 自分の唇を少し舐め、蕩けた瞳で見下ろしながらうわごとのように呟く。

 「……はあ……垂れ流しになってる魔力だけでこんなに凄いのに……直接魔力を受け取ったら……ぼく、どうなっちゃうんだろう……」
 「ぅ……」

 故意かそうでないのか、籽玉がアスカの首元に唇を寄せようとして、その膝がアスカの脚の間を弱く圧迫した。アスカが反射的にびくりと腰を引いた事に気が付いた籽玉は眉を下げて笑み、柔い腿を何度もしつこく擦り付けてくる。

 「やめ、籽玉ッ……」
 「可愛……反応しちゃって……。 ね、ぼくも触ってよ……」
 「ちょ……ちょい待ち……ッ」

 何とか押し返そうと片手で籽玉の腿、もう片方の手で胸へ強く触れると、籽玉はびくんと大袈裟に体を震わせた。

 「やんっ……アスカったら大胆……」
 「だぁあもッ……ちがーう!!」

 咄嗟に両手を離せば、籽玉はアスカの唇を親指でなぞるように柔らかく触れてくる。首を振ってそれを払い、籽玉が自分の体へ触れさせようと手を取って導くのを振り解きながら、アスカは出かける間際にエティが付け足した言葉を混乱する頭の中で反芻していた。

 『ただし、用が済んだらできるだけ早く戻って来い。 ……皆まで聞くな、念の為だ』

 (念の為って、念の為ってこういう事!? 前から思ってたけどエティさん言葉少ないよ!! もっとちゃんと教えてくれよーー!!!!)

 心の中で大絶叫をあげながら抵抗を繰り返すアスカに、籽玉は焦れたように笑みを引っ込めて唇を尖らせ、体を起こして左の袖口へ右手を差し入れた。

 「焦れったいったら……仕方ないなあ」
 「籽玉!? ストップストップ、それはまずいって!!」

 籽玉が袖から札を一枚取り出したのを目の当たりにしたアスカは、大慌てで相手の両手首へ腕を伸ばした。躱そうとするのをなんとか捕まえ、アスカの額へ札を貼り付けようと加えられる力を必死にやり過ごす。

 「初めてなんでしょ? ぼくに任せてよ……ね、アスカ。 ぼくも初めてだけど……大丈夫……二人で気持ちよくなろ……?」
 「待てって……!!」

 体格や腕力はアスカの方が優っているが、体重を乗せられるこの体勢と、札を貼り付けさえすれば思うがままになる条件のぶん、籽玉のほうが有利だ。うまく抵抗ができないままじりじりと札が額へ近付いて来て、アスカはもう駄目か、とかたく目を瞑る。




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