古書店の片隅で、エティはいつものように椅子の形に組んだ何冊もの本を浮かせ、その上に腰掛けながら書架の高い段を整頓していた。棚から抜き取った本を浮かせたり、浮かせていたものを取って収めたりと忙しなく動き回っていた、少しだけカーディガンの袖口が被る白い手がぴたりと止まる。彼の足元よりも更に低い位置、地上で重ねた本を両手で抱えて立つアスカを見下ろし、いつもの表情のまま相手の顔をまじまじと見つめる。
「不眠症か」
「そんな大袈裟なもんじゃないとは思うんですけど……」
大したことはないと眉を下げ気味に苦笑を返すアスカの両目の下には、言葉とは裏腹な隈がくっきりと色濃く浮かび上がっている。遠目でもそれを視認できたのか、エティの眉間に微かに皺が寄った。
「いつからだ」
「寝付きが悪くなったのは一週間くらい前だったかなぁ……一昨日は家で全然寝れなくて、昨日もここで眠れなくて……二日間? 一睡も……」
十七歳という体力の有り余る年頃といえども二日間の完徹はさすがに堪えるものがあり、今日は朝から頭に霞がかかったようにぼうっとした感覚とずっと共にある。かといって退屈な授業中ですら睡魔に襲われる事はなく、何をしていても眠気は全く感じなかった。
アスカとしては、エティに余計な心配をかけまいとただ笑みを深くしたつもりだったが、客観的に見ればにへら、と力の入らない不気味な笑顔を浮かべていた。エティにとってもなかなか気味が悪いのだろう、眉間の皺の深さが余計に増す。
「また何か悩みでもあるのか」
「や、何も……」
「……」
エティは本の椅子ごとふわふわ地上近くへ降りてきて、アスカと同じ目線の位置になるよう椅子を静止させ、自分と相手の額に手のひらを付けた。
額に触れたひやりと冷たい感触が心地よくてアスカは目を閉じる。自分に熱があるせいなのかエティの手が冷たいのか、どちらなのだろうとぼんやり考える。
「……熱はなさそうだな。 シイラに睡眠薬でも調合して…………」
言いかけた口を噤むエティにアスカは目を開いて相手を見遣る。アスカの額から離した手を自分の唇に当てて何かを考え込む仕草を見て、なかったはずの熱が頬に集まるのを感じた。
「仕事はもういい、籽玉のところへ行ってこい」
「籽玉の? なんで?」
「行って同じ説明をすればわかる……ただし、」