:: RM>>12-03




 その時、廊下からばたばたと走る音が聞こえて、扉が大きな音と共に開け放たれた。破壊しそうな勢いで扉を開けた琅玕が、床で縺れ合う籽玉とアスカの姿を見てさあっと顔色を変える。

 「籽玉!!」

 琅玕は怒鳴り声に近い激しい声で呼びながら、籽玉の背後から両手首を掴んで無理矢理立ち上がらせた。籽玉はとろんとした瞳のまま、琅玕を振り向くどころかアスカの目から視線を逸らしもせずにじっと見つめ続ける。

 「可惜……もうちょっと……だったのに……」
 「籽玉……!」

 琅玕が籽玉の肩を掴んで自分の方へ向かせた。短く息を吸ってから強く肩を揺すると、籽玉の目はようやく元の通り焦点を結んで、すぐ目の前で自分へ険しい顔を向ける琅玕をぱちくりと見つめた。

 「う? ……あ、ぼく今……」

 ゆるく頭を振ってからアスカの方を見遣り、ああ、と口の中で言うと、けろりとした顔で体ごと向き直って人差し指を立てる。

 「アスカの魔力の話だったっけね。 だからねアスカ、何らかの方法で魔力を外へ出してやらなくちゃいけない。 そうしないままこれ以上星ノ宮への出入りを続けていると、体が持たなくなってしまう可能性すらあるね」
 「は、はあ……?」

 アスカは後ろに肘をついて上体を起こし、つい先程までとは別人のような、いつも通りの態度で淡々と話す籽玉を怪訝そうに見つめながら元の胡座へと体勢を戻した。

 「問題は方法なんだけれど……」
 「方法ならある」
 「エティさん!」

 開け放たれたままの扉の傍にいつの間にか立っていたエティが、一冊の本をアスカへ投げて寄越す。取り落としそうになりながら受け取って見てみれば、細かな鎖や銀細工の装飾が過剰な程施された青い表紙には見覚えがあった。

 「これ、確か魔力を吸う本……?」
 「ああ、それが噂の。 使うのかい? 随分な荒療治だこと」
 「急場だからな、仕方ないだろう。 次にまた魔力が貯まる前にちゃんとした対策を考える……。 アスカ、どこでもいいから本を開け」
 「は、はい」

 エティに言われるまま、本に巻きつけられていた革の留め具を外して恐る恐る表紙に手を掛け、本の真ん中あたりをそうっと開いた。すると本はアスカの手を離れて宙に浮かび、ひとりでに開ききると真っ白なページをアスカへ向けてきた。
 瞬間、室内へ猛烈な風が巻き起こる。

 「……ッ!! ぅ、ぁぁああああ!?」

 体中の血液が逆流したらこんな感覚になるだろうか?ぞわぞわと強烈な不快感が背筋を這い上がり、全身、指先にまで広がる酷い悪寒に、アスカの口から思わず悲鳴が溢れた。そこへ更に頭の中を掻き回されるような激しい目眩が加わり、震える手で自分を抱くように二の腕を掴みながら、強風の中堪らずきつく目を閉じて嫌々するように首を振る。
 アスカのすぐ目の前まで歩み寄ったエティがばたりと音をさせて本を閉じた。それと同時に吹き荒れていた風がぴたりと止み、アスカの体を弄んだ不快感も嘘のように掻き消える。

 「ッ……。 ぅ、あ……? …………ねむ……い……」

 と思ったのも束の間、今度は凄まじい睡魔に襲われ、アスカはふらりと仰向けに倒れた。後頭部をゴツンと音が響くほど強かに床へぶつけたが、そのまま健やかな寝息を立て始める。
 アスカの様子を確認し、エティは本に元の通り留め具を掛けて立ち上がった。

 「……何が役に立つかわからんな」
 「酷い……ぼくの部屋がぐちゃぐちゃじゃないか!! 何もここでやらなくったってよかっただろうに!」

 立ったまま琅玕の腕に抱かれて風から守られていた籽玉がようやく目を開き、散乱した物や香炉の灰で散らかりきった部屋を見回してエティに詰め寄った。
 真っ直ぐに籽玉を見返すエティの瞳にも、普段は失せている強い光が宿る。

 「妙な事をしようとした罰だ」

 反論を受けた籽玉の瞳が殊更きつく吊り上がった。

 「妙な事って何さ? アスカは別に貴方のものじゃないでしょ、ぼくがアスカと何したって関係ないじゃない。 大体中途半端で曖昧な間柄のくせに止める権利があるとでも思ってるわけ? 仕方ないじゃない、アスカの魔力を診ろって事はアスカの魔力を集中して深く感じろって意味でしょ!? そんなのぼく我慢できるはず」
 「籽玉!」

 刺々しい口調で捲し立てる籽玉を琅玕が強く窘める。きっ、と睨めながら振り返った籽玉は、相手の表情を見て言葉を失い、唇を噛む。

 「もう止せ」
 「……っ…………睨まないでよ」

 絞り出すようにそれだけ言うと、静かな怒りを湛える琅玕の瞳から目を逸らして俯き、それきりむすくれたように押し黙った。

 「……アスカ一人で寄越した俺にも責任があるのは確かだ。 何にせよ、今日は起きないだろう。 悪いが琅玕、家まで運んでくれ」
 「……はい」

 エティから指示された琅玕は籽玉から視線を外し、床で気持ちよさそうに寝息を立てるアスカを抱き起こすと軽々と横抱きに持ち上げた。
 籽玉は自分の袖を捲り、琅玕に掴まれた手首を指先でなぞる。細い両手首には赤紫に痣が浮き始めていて、琅玕は部屋を出る間際、無表情にそれを眺める籽玉をちらと見遣り、苦々しそうに唇を噛んだ。




<<>>