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 自分は説明下手だから申し訳ないと言ったのは謙遜だったか、はたまた流石に作り慣れているせいか。アスカにとって琅玕の説明は至って解りやすかった。それぞれの作り方のほか下準備や効率的な手順の見つけ方など間に解説を受けながら、籽玉とマシシに茶々を入れられつつ、一時間程度で二品が出来上がった。
 四人揃って匙を取り、中華鍋から直接麻婆豆腐を掬って一口含む。

 「……なんつーか、普通だな」
 「……だな……」

 マシシが呟いた通り、特に旨くも不味くもない。それがまず始めにアスカの頭へ浮かんだ感想だった。
 馴染みのある、既に調味料の合わせられた製品に豆腐を混ぜて炒めただけのものとは味の系統が大幅に違って本場に近しいようには思えるが、先日琅玕が作ったものを食べて舌が肥えたのか否か、とにかく可もなく不可もない味をしているように感じる。

 「豆腐がぐちゃぐちゃ」
 「……う」

 籽玉が流し台へ匙を置いて呟く。中華鍋を振って混ぜる方法を教わりはしたもののなかなか上手くいかずに結局お玉で混ぜていたのだが、できるだけ気を払っていても柔らかい絹豆腐の崩れは免れなかったのだ。

 「それと初めににんにくと生姜を焦がしたね。 もう少し花椒を振ってもいいと思うけれど、もうこれ以上混ぜないほうがいいか。 ま、こんなものだよね」
 「うっ……うう」
 「何事も初めから上手くはいかない……。 おれは美味しいと思うし、エティもきっとそう思うだろう。 今容器に移すから、少し待っていてくれ」
 「琅玕……。 ありがとな」

 アスカは背中から小さな天使の羽を生やしているように見える琅玕の頭をぽんぽんと撫でた。
 無表情のまま少し俯いて頬を染め、それを隠すように台所へ向き直る琅玕をちらと見て、マシシは自分の頭の後ろで手を組んだ。

 「ま、いーんじゃねーの? まるっきし食えないモンが出来なかっただけいいだろ」
 「琅玕が教えてるんだからそんなになるわけないじゃない」
 「へーへー」

 唇を尖らせる籽玉を軽くあしらいながら卓へ戻るマシシに倣い、アスカと籽玉も席に戻った。

 「はぁ。 エティさんが俺の世界に来たら、お勧めの店とかたくさん連れて行けるのになぁ……ってそうか、そうすれば」
 「思い付いたとこに水差すようでわりーけど、それは無理な注文だぜ」

 思いつきと共に卓に伏していた体を勢いよく持ち上げたアスカへ、マシシが冷めた口を挟む。

 「何で? そりゃエティさん嫌だって言うかもしんないけど……話してみないとわかんないだろ?」
 「そうじゃなくてさ。 オレ達がお前の世界に行ったら死ぬから。 しかも最悪二度と人の姿取れなくなってほんとの意味で死ぬ」
 「し、死……!?」
 「どういうことだい?」

 マシシの口から吐き出された穏やかでない言葉にアスカが椅子を鳴らして仰け反り、籽玉は怪訝な顔で卓に肘を付いて体を乗り出す。

 「この前アスカの世界ではランプが使えなかったろ? 最初は単にそっちでは魔法道具が使えないのかと考えたが、恐らくはそうじゃない。 魔法自体が存在しない世界、ってやつなんだと思うんだよ。 単に魔法の文化がないんじゃなくて、魔法っつーモノ自体が存在しない。 オレ達も結局基柱石っつー魔法道具みたいなモンで生きてんだろ? だからアスカの世界に行ったらその瞬間魔法が解けて石の姿になる。 それにランプみてーな単純な造りしてねーんだ、んな環境で、石の魔法機能自体がブッ壊れない保証もない」

 マシシの解釈を聞きながら籽玉は瞳を細め、目線を横に流して宙を睨みながら思案しているようだった。長台詞が終わってからも少し黙ってそうしていて、やがて眉間に寄せた皺もそのままに視線を戻す。

 「……魔法が存在しない世界……ぼく聞いた事ないよ。 そんな話どこで聞いたのさ?」
 「……昔、シイラからな。 聞いたのは伝承だかお伽噺だかの類だったけどよ、無い話じゃないと思うぜ」

 琅玕が小振りな重箱を布で包んだものを卓の上に乗せ、籽玉と二人同時に顔を見合わせた。そのまま特に言葉を交わすでもなく、琅玕はアスカへ向き直る。

 「アスカ、料理が冷め切る前にエティに持って行ったほうがいい」
 「え、あ、ああ!」

 二人の話を口を半開きにして聞いていたアスカがはっと我に返り、ガタンと音を立てて椅子を立つ。

 「一生懸命作ったんだ、きっと伝わる」
 「……うん。 ありがとな、琅玕」

 上着を羽織り、琅玕から包みを受け取って笑いかける。琅玕も目を細め、頷いて返した。
 
 「マシシはまだ帰らないのか?」
 「オレはここで飯食ってくわ」

 アスカが席を立つ様子のないマシシへ声を掛けると、マシシは卓に頬杖を付いた逆の手を軽く持ち上げてゆるく振った。籽玉が不満を隠しもせずむすっと唇を尖らせる。

 「何でさ? 急に言われたって材料なんか」
 「琅玕にゃ市場でもう言ってあるし、そうでなくても急拵えのひと品やふた品出せんだろが。 エティ今日は飯作ってねーんだろ? 金払うから食わせろや」
 「哦……守銭奴が珍しいこと」

 籽玉が揶揄しながら肩を竦めると、マシシはかったるそうに首を回してみせる。

 「昨日こっちに帰ったばっかで疲れてんだよ……自分で作りたくねー」
 「折角琅玕お休みでぼくと二人きりなのに」
 「いつも二人っきりだろォがよ。 つー事で、夜には戻るから先に帰っていいぜ」
 「わかった。 あんまり遅くなるなよ?」
 「ナンだそれ。 わーったよ」

 まるで親兄弟のようなアスカの物言いを理解しているかはわからないが、マシシは呆れを含んだ笑みを見せてアスカにひらひらと手を振った。
 アスカが見送りの琅玕と共に外へ出て行く音を聞いてから、籽玉が大きく息を吐いて椅子の背凭れに体を預けながら口を開く。

 「エティと二人きりにさせてあげるなんて気が利くじゃない。 いいのかい?」
 「あ? そこまで野暮じゃねーよ」
 「それにしては随分と面白くなさそうな顔をしているけれど?」
 「別に……」

 頬杖を突いたまま飾り窓からぼんやりと外を眺めるマシシの横顔をじっと眺め、籽玉はふぅん、と返すと共に口角をぎゅっと吊り上げて、声の調子をわざとらしいほど明るいものにする。

 「この間から思っていたんだけれど、マシシってひょっとしてアスカの事好きになっちゃったのかい? 前はここまで小刻みに星ノ宮へ戻って来なかったし、珍しく随分とご執心のようだし?」

 思い切り煽るような声音にも、マシシはいつものようにむきになって反応を返す事はなく、そして何かを否定するでもなく。

 「……そーかもな」

 呟き、空色の瞳で外の風景を眺め続ける。
 籽玉はすっと笑顔を引っ込めて真顔に戻り、袖を口元に当てて声も低め、ぼそりと独り言を洩らす。

 「……面倒な事態になったこと」
 「お前に面倒とか言われたかねーな。 ……別にエティとやり合おうとも思ってねーから安心しろよ」
 「ぼくの言った意味はそれだけじゃないんだけれど。 まあいいや、人の事なんて……」

 つまらなさそうにマシシから視線を外し、両手を卓に突いて席を立った。部屋へ戻ろうと戸口に手を掛け、顔だけマシシへ振り向く。

 「安心しなよ。 アスカがエティにご飯を作るのは今回限りになるだろうから」




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