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 「それにしても、アスカも甲斐甲斐しいこと」

 戸口から廊下へ顔を覗かせて琅玕が出て行くのを見送っていたアスカの背中に声が掛かる。振り向くと、卓に戻った籽玉が両手を組んだ上に載せた顔を傾けてにっこり笑んでいた。
 からからと引き戸を閉めてアスカも元の席に戻る。

 「だってさ……エティさんの食事の量って、普通の人なら普通に倒れるくらい少ないんじゃないかなーって思うんだよ。 シイラから聞いたけど、籽玉たちだってエティさんの事心配してるんだろ?」
 「琅玕はともかくぼくは別に……死にはしないしエティが好きでそうしてるんだから、特に言う事はないけれどね」
 「ほんとに死なないのか?」

 自分の茶杯が空になり、籽玉は琅玕の分に手を伸ばして半量ほど残っていた中身を飲み干した。

 「是、エティの魔力量は桁外れだから。 ぼくたちも平均よりかなり多い方なんだけれどね……詳しい話は割愛するけれど、魔力量と貯蔵効率がどちらも優れているあの人は、食べなくても体の機能を魔力でぎりぎり賄えるみたいだね。 それ以外に魔力を使ったぶんを食べて補給している感じかな」
 「そうなんだ……」

 なるほど、というよりは、そういうものか、と含ませて、アスカは浅く三度、こくりこくりと頷く。

 「そういえば星ノ宮ってさ、俺以外にも人間とか外の世界から来た人っていないの?」
 「いないよ? ……何だいそんな疑るような顔して、失礼だね。 これは断言できるよ、だって本当は人間は入って来られない仕組みになっているんだからね」

 あまりに軽く返された言葉の真偽を疑う気持ちが顔に出たのを指摘され、アスカは咄嗟に取り繕うと口を開きかけるが、それも止めて頬を掻き苦笑を返す。

 「それはマシシにも聞いたんだ。 でもさ、それにしちゃエティさん、俺がはじめてこの世界に来た時全然驚かなかったなって思ってさ」
 「……それはね、アスカ……」
 「そ……それは?」

 いきなり声遣いが神妙になった籽玉につられ、アスカも真面目な顔でごくりと唾を飲んだ。籽玉は真剣な眼差しをたっぷり受け止め、にっこり笑んで首を傾げる。

 「…………そういう事もあるんじゃない? て事だよ」
 「なんだよ、無いんじゃないのかよ! どっちだよ」
 「じゃあ今度はぼくが質問する番だね」

 脈絡なくばっさりと話を切られたアスカが何か文句を言う前に、籽玉は薄く笑みながらアスカの方へ体を向けて口を開く。

 「どうしてアスカはエティにだけ敬語を使うの?」
 「え? なんとなく、初めて会った時からそうだから抜けなくて……かなぁ」
 「エティに対して愛とか言うのは何故?」
 「え、か、考えたことない……なんかつい……」
 「どうしてそんなにもエティを気にかけるの?」
 「ほっとけないっていうか……」

 返事をする時間すらろくに与えられないまま矢継ぎ早に飛ばされる質問たち、その内容も相俟って、アスカはたじたじと体を籽玉の反対側へ引く。
 それでも、改めて訊かれてみれば自分でも何故だろうかと考えさせられる内容ばかりで、追いつかない頭を何とか働かせて思案を始めた。口元に手を添え顔を横に向けて思いを巡らせる。

 「ねえアスカ、それはぼくじゃ駄目なの?」

 問われた内容が一瞬頭に入って来ずにアスカが籽玉の方へ顔を戻すと、いつの間にか席を立っていた彼は思いの外、アスカの直ぐ側へと近付いていた。両手を伸ばしてアスカの頬をそっと包み、顔を吐息同士が触れ合いそうなほど近くまで寄せてくる。揺れる柔い髪からか、ふわりと広がる甘い桃の果実のような香りを嗅ぎ取りながら、アスカは翠の双眸に縫い止められたように動くのも忘れてただ見つめ返す。

 「アスカ……」
 「お、俺は、その」

 ひどく熱っぽく吐息混じりに名前を呼ばれ、アスカの首から上は真っ赤に染まり上がる。しどろもどろになりながら必死に籽玉から視線を逸らしていると、不意に玄関から物音が聞こえてきて、次の瞬間には勢い良く引き戸が開け放たれた。アスカが籽玉に頬を包まれたまま首を振って其方を向くと、琅玕が二人の姿を捉えて瞳を見開くのが見えた。琅玕は籽玉の両手首を掴み、アスカから引き剥がすように籽玉を元の椅子に座らせる。

 「……すまない」
 「い、いや」

 琅玕から背中越しの押し殺したような声を掛けられ、アスカは曖昧に笑って返した。

 「おかえり。 マシシを乗せた割に早かったね」

 先程の熱はどこへやら、平静に戻った籽玉の声を聞いてアスカが戸の方を見遣ると、戸口に半ば凭れるようにしてマシシが立っていた。指環の嵌まった手の平で口元を覆うその顔色は青白い。

 「こいつ……ありえねー速度で飛ばしてよ……」
 「大丈夫か?」
 「野次馬しに来たらこれだぜ……くそ、歩いて来りゃーよかった……」

 マシシはよろよろと頼りない足取りで部屋に入って来て卓へ手を突き、空いた椅子を引いてどさりと座り込む。

 「啊! 丁度よかった、摆の鎖が切れてしまってね? 直してよ」
 「ナニ? ばい?」
 「なんて言ったっけ……ぺん、ぺんじゅりゃ……」
 「……あー随分前に売ったペンデュラムか。 別にいいけど金取るぞ……」

 足らない舌を噛みかけながら席を立つ籽玉と共にマシシも下ろしたばかりの腰を上げようとして、真顔の籽玉にぴたと手で制される。

 「ぼくの部屋で吐かれたら嫌だからから付いてこないで。 取ってくる」
 「……テメェほんっとにいつか泣かすかんな」
 「できるものならやってお見せよ!」

 きゃははは、と高い声で嗤いながら部屋を出ていく籽玉の背中へ、マシシが顔を思い切り歪めての盛大な舌打ちをぶつけた。




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