:: RM>>09-06




 料理が全て出揃い、六人で話を弾ませながら宅を囲む。エティと琅玕は殆ど聞き役に徹しているが、よく喋る籽玉とマシシが主導となって取り留めのない世間話をしたりアスカの日常生活についてを質問してきたり、時折シイラがのんびりと話すのを待ったりと、途切れることなく会話は続く。

 「もう夜だし、何だかお酒が飲みたくなってくるよね」
 「えっ?」

 そんな中言い出した籽玉の唐突な言葉を、アスカが咄嗟に聞き返す。

 「買ってある」
 「はぁ!?」

 アスカが聞き間違いだろうかとやり過ごそうとしたところで籽玉に答えた琅玕を見遣ると、逆にきょとんとした顔を向けられた。

 「お、気が効くじゃねーか。 どれどれ……」

 マシシが席を立って、キッチンの隅に置かれたままになっているひとつの買い物袋から、数本の瓶を取り出していく。

 「琅玕の紹興酒にオレのウィスキー、なんこれ果実酒? は、籽玉のか」
 「それと、冷蔵庫にも」

 ひとつひとつのラベルを確かめ終わって琅玕からもう一声掛けられ、マシシは勝手に冷蔵庫を開けて覗き込む。

 「ビールに……ワイン? エティのか? つかアンタ酒飲むわけ?」
 「……あるなら飲むが」
 「えっ? エティさん、えっ?」

 アスカがきっと止めるだろうと思っていた人物も首を縦に振った。狼狽しながらシイラの方を見ると、にこにこ笑ったままアスカへ向かって首を傾げてきた。
 マシシと席を立った琅玕が次々に瓶の口を開けて用意を進めて行くのにアスカは何の言葉も出せず、ただ成り行きを見守っていると、酒の注がれたらしいグラスがそれぞれの前に並ぶ。目の前の光景は、外見上年端も行かぬ少年達による、中華料理を肴とした酒盛りの様相。
 アスカはただ呆然と呟く。

 「非行少年の集まりみてぇ……」
 「ナニ言ってんのコイツ」
 「気にするな」

 アスカが元の世界独自の言い回しを使う事に、とうに慣れきっているエティが首を振った。

 「ほい、お前はビール」
 「……!?」

 ジョッキの代わりだろうか、大きめのグラスになみなみと注がれたビールが当たり前のように目の前に置かれ、縁に乗る泡をまじまじと見つめる。
 そんなアスカの態度にようやく何かを察した琅玕が、席に戻りながら口を開く。

 「アスカ、酒を飲んだ事は?」
 「ない」
 「「ない!?」」

 マシシと籽玉が、心の底からの驚きを大声でユニゾンする。籽玉はどうりで、と頷きながら、希少動物でも発見したかのような目でアスカを見つめる。

 「試しに飲んでみたら?」
 「いや、でもさぁ……」
 「いくじがないねぇ」

 親指同士をくるくるとさせて躊躇うアスカへシイラが笑顔のままぴしゃりと言葉で鞭を打った。むっとしたアスカはがしりとグラスを掴み、一気に呷ろうとしかけて止め、グラスの縁に唇を付ける。ほんの少しだけを口に含み、舌の上で転がしてすぐに飲み込んだ。

 「にっが……」
 「喂、ぼくの茘枝酒飲んでみるかい? 果汁割だから甘くて飲みやすいよ」
 「ライチ? それなら……」

 籽玉が差し出したグラスを受け取って匂いを確認する。甘ったるい香りに、オレンジだろうか?柑橘系の香りが混ざっているように思えた。
 恐る恐る口をつけて少量を含み、ん、と目を見張って、そのままごくごくとビールの後味を消すようにごくごくと飲む。

 「美味い! ジュースみたいだ」

 全部飲んでしまいたいほど口に合ったが、流石に遠慮して、三分の一ほどを飲んでから籽玉にグラスを返す。

 「那就好、飲みやすいだろう?」
 「試しにオレのも飲んでみっか?」
 「流石にウイスキーのロックなんか飲めないのわかるって。 あ、さんきゅ琅玕」

 琅玕に手渡された籽玉と同じ酒に口を付ける。アスカにとってみれば、酒がどうこうより美味しいジュースを見つけたという感覚が殆どだった。
 各々の前に置かれたグラス類を見回し、ふとシイラの前で目線を止める。

 「シイラは飲まないのか?」
 「わたしはおさけはあんまりぃ……あすかのところは、あまりおさけをのむふうしゅうがないのーぉ?」
 「そういうわけじゃないけど、俺のとこ、未成年……子供は酒飲んじゃいけないんだよ」
 「アスカってそっちの世界でも子供なのかい?」

 でも、という言葉に引っかかりを感じたが、子供の外見ながら慣れきった仕草でアルコールを呷る籽玉たちの姿を目の当たりにしたせいか、反論は口の中でぐっと押し留められた。

 「子供……って程ではないけど……酒は二十歳になってからって決まりでさ」
 「……お前、今日家に帰る日じゃないのか」
 「ん? そうですけどまだ八時過ぎ……あっ!?」

 エティに指摘されて壁の時計を仰いだアスカが、顔色を一転させて凍り付く。
 まだ高校生という身分、更に制服まで着て飲酒して帰るなど、一般常識にほぼ沿いながら生きてきたアスカにとっては、まかり間違ってもあってはならない事だった。

 「あすか、こっちへいきをはいてみて」

 手招くシイラの言う通りに、一縷の望みをかけてふーと息を吹くが、時はすでに遅かった。

 「もうおさけくさいねぇ……」
 「流石にあと一時間じゃ抜けねーだろな」
 「どうする」

 エティの静かな問いにアスカは少し俯いて思案し、苦い顔で口を開く。

 「……後で一旦家に電話だけして、友達んちに泊まるって話つけます。 あんまり使いたくない手なんだけど……」
 「でんわ」

 聞きなれない単語を反芻するエティへ、スラックスのポケットから取り出した端末を見せる。

 「はい、これで……何ていうか、離れてる人と話ができるんです。 それなら酒臭いのもわからないから。 いつもの時間になったら一旦向こうに戻って連絡入れて……ってなると帰る時間調節しないといけないんで、もう何日か泊まってもいいですか? もちろん仕事はします、なんなら給料も」
 「好きにしろ。 ……妙な気を使うな、マセガキ」
 「あ……ありがとうございます、エティさん」

 ワインのグラスを指で弄びながら呟くエティに、アスカは心の底から安堵して胸を撫で下ろす。

 「ひとまず、もんだいはかたづいたのかなーぁ?」
 「ああ、大丈夫」
 「そうと決まったら飲んで飲んで! 今夜は無礼講なんだからね」
 「何だよそれ」

 笑顔でグラスを掲げる籽玉に、アスカも強張っていた表情を綻ばせた。



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