炒飯、蟹玉、スープ、サラダ、エビチリ、麻婆豆腐、回鍋肉、油淋鶏、八宝菜、棒々鶏、ちまきや小籠包や桃まんがぎっしり詰まった蒸籠……決して狭くはないはずのテーブルを埋め尽くす、ずらりと並んだ皿の数々。ひとつひとつを頬張る度に幸せそうに表情を緩めるアスカは、口の中に広がる煮豚の肉汁を噛み締めるように拳を握った。夕飯をエティの元で食べるようになってから、元の世界では朝食と昼食しか摂っていないため、味の濃い食べ物は久しぶりに口にするのだ。エティの料理に不満を感じた事は一度もないが、洋食以外の味を忘れかけていたのだなと実感する。
「はぁあ……中華マジうめえぇ……」
「もっと仕込みの時間があれば、手の込んだ物も作れたんだが……」
テーブルの上へ新たに餡が掛かった五目そばの皿を追加しながら、琅玕は申し訳なさそうに眉を下げた。
「じゅうぶん豪華じゃんか、マジですっげぇ美味いしさ! あっ勿論エティさんの料理も激ウマですけどね?」
「余計な事を付け足すな」
手伝いを終えて他の皆と同じように席についているエティが、自分の取皿にサラダを取り分けながら呟いた。流石に人に作ってもらった以上は食べようと思えるのか、アスカに促されるわけでもなく少しずつ食べているようで、初めてスープ以外を口にするそんな様子にアスカは口に出さず安堵する。
「そうだねぇ、あいかわらずろうかんのごはんはとってもおいしいよーぉ?」
「恐れ入ります」
「ん、これうめえ。 前から言ってんだろ、市場にでも料理屋開けってよ。 儲かるぜぇ」
取り皿へ麻婆豆腐を大量によそりながらマシシが言うと、籽玉がぷくりと頬を膨らませる。
「やんやん! 琅玕の料理はぼくのものなんだからね!」
「いまわたしたちがたべてるのはいいんだねーぇ?」
「好的、ぼくが特別に許可してあげているんだよ?」
「何様だっつの……」
ふふん、と胸を張る籽玉へマシシが呟いた。
「ほら琅玕も座れよ」
「ああ、もう数皿作ったら。 ありがとう」
アスカが隣の空席を引くと、琅玕は頷いてコンロの前へ戻る。ひと通りの材料の下拵えはエティと共に済ませてあり、あとはそれぞれの調味料と共に中華鍋を振るうだけらしく、さほど時間もかからず連続で皿が出てきている。
じゅうじゅうと耳障りのよい音と共にあっという間にもうひと皿を仕上げ、アスカの前にことりと置いた。アスカが笑顔で箸を伸ばしかけ、ぴたりと空中で止まる。
……青椒肉絲。
細切りの牛肉と筍の間から覗く緑のそれを凝視したままフリーズするアスカに、琅玕が心配そうに声を掛ける。
「アスカ?」
五人全員の視線を受けながらぎこちない動きで箸をつけ、牛肉と筍だけを選り分けて取皿へ移す。
「……ピーマンは」
エティの低い呟きに再びぎくりと手が止まり、誰と目を合わせるでもなく、アスカは顔を反らす。
「……えっと……その」
「苦手だったか? すまない、先に訊いておけばよかった」
青椒肉絲の皿をアスカの前から遠ざけようと手に取った琅玕を、エティが手で制す。
「甘やかすな」
「え、エティさん?」
「人から出された物だろう。 食べろ」
アスカは、ぐ、と言葉に詰まり、そろりと首を動かして上目遣いでエティの方へ顔を向ける。
「……エティさんがはいあーんしてくれたら……すいません嘘です食いマス」
絶対零度の瞳と視線が合い、すぐに言葉を訂正して、いくつかのピーマンを選り分け纏めて口へ放り込んだ。奥歯で噛み締め、口内へ広がる苦味に顔を顰めて目を閉じる。
「うっぎゅ……苦い……」
「あじをきにしすぎてるんじゃなーぃ?」
「つか、何もピーマンだけ纏めて食う事もねーだろよ。 お前も極端だよなあ」
苦味を表情に現したまま咀嚼を続け、琅玕が差し出したグラスの水を受け取り、喉を鳴らして飲み下した。ぷは、と息をついたアスカを見て、籽玉がけらけらと笑う。
「お子様だこと!」
「さっきから桃まんばっか貪ってる奴がナニ言ってんだよ。 おめーだけ菓子の時間と間違ってんじゃねーの」
「皆の予定が合わないからって夕飯になったけれど、本当はぼくとしては飲茶がよかったんだもの。 ほらほらアスカ、点心も沢山あるよ、お食べよ」
籽玉は蒸籠からひとつ桃まんを掴み、口直しの為にエビチリを頬張っていたアスカの口へ有無を言わさず詰め込んだ。
「ふぐっ!? んむむぐうぐ」
ぐいぐいと押されて仕方なく桃まんを咀嚼し、アスカはピーマンの洗礼以上に大きく顔を歪めた。
「何? 破顔する程美味しいって? 当たり前だよね琅玕の作る桃まんだもの」
「くちのなかであんがえびちりとまざったんじゃないかなぁ」
「んっ! ぐっ!」
「……」
のんびりとしたシイラの解説にアスカはこくこく頷いた。うっかり自分でも味を想像てしまったマシシが、うげ、と顔を顰める。