「いいなー……俺もそのうちああいう道具使えるようになるのかな」
「空飛ぶやつは軒並み高けぇぞ。 まーどうしてもって言うなら、トロトロ低空飛行のやつならお前でも手出るかもしんねーな」
「いや違くて、俺は……」
ぎらり、とマシシの瞳が光り、アスカの肩を数度強く叩いてからがっしりと掴む。引きつった笑顔を浮かべながら違う違うと否定して後ずさろうとしても掴む力は強く、余計に指が肩に食い込んだ。
マシシの顔いっぱいに普段は見せる事のない爽やかな笑顔が広がり、口からは高いトーンの声で言葉が溢れ出す。
「わりーなー今は空飛べる道具の持ち合わせがねーんだ。 けど次に戻るときに仕入れてきてやろうか? すぐ手配してやんぜ? なーに財布の心配しなさんな、身内価格って事で出来るだけ安くしといてやっからよ! どんなんがいい? やっぱ琅玕の使ってるような箒型がいいわけ? そんだったら似たようなやつがすぐ手配できるぜ、つってもアレは元々低速」
「そうじゃな……ちがーう!! もっとこうあれだよ、ぐわーっと高速で飛べるようなやつだよ!」
「あ?」
マシシは声音を戻し、そんじゃ無理だわ、と小さく呟いてアスカの肩から手を離した。
「どーでもいいけど、琅玕のは本気で使えば相当速ぇえぞ。 あそこまでカスタムすんのに値段も相当張ったしな……ま、同じモンこさえてもアイツくらいしか使えねーから意味ねーけど」
「だからそうじゃなくて、別に欲しいってわけじゃ……でも一度は空飛んでみたいなーっていうか」
「あ? ナンで?」
「何でって! 魔法といえば空を飛ぶ、だろ? 夢だろ? ロマンだろ!?」
瞳をきらきらと輝かせ、握り拳を作って声高に力説するアスカに対して、マシシは真顔で首を横に振る。
「正直意味がわかんねー」
「あ、そう……」
「ま、そゆ事なら手段がないわけじゃないぜ。 今日は風もねーしな」
肩を落としてあからさまにしょげてみせるアスカからマシシは少し離れ、右手の親指から指環を外して宙に放り投げた。
薄く伸ばした赤い金属板に繊細な紋様が彫り込まれた指環。少しの間宙に浮かんだかと思うと、丸まりが解けるように形を平面の金属板に変え、みるみるうちにその面積と厚さとを増していく。畳の一畳よりも一回りほど大きなサイズで膨張は止まり、いつの間にか金属から厚手の布の質感に変化していたそれはアスカの腰ほどの高さではためいた。
「お……おおおすっげぇアラビアンナイト!? こういうのだよこういうの!!」
真紅の重厚な布地に金糸による細かな刺繍はさながら魔法の絨毯の様相で、アスカは興奮に頬を上気させながらさらさらとした布地を撫でた。そんな反応へマシシは肩を竦めて絨毯に乗り、胡座をかいた隣を指す。
「お、俺も乗っていいのか?」
「一応持ち手掴まれよな。 ……よし、そんじゃ行きますか」
アスカが右側に座り、絨毯の端に取り付けられた革の持ち手を片手でしっかりと握ったのを確認して、マシシは持ち手の隣に縫い付けられている緑の宝石に手のひらを翳す。すると二人を乗せた絨毯は重力に逆らってふわりふわりと高度を増し、あっという間に古書店の屋根を遥か眼下に臨むほどの高さに浮かび上がった。
「うわぁあすげぇぇええ!! 高っけぇええ怖えぇえええ」
柵も何も無い狭い絨毯の上という心許なさに持ち手を掴む力が増すが、それよりも空を飛んでいるという高揚感が勝って、恐る恐る地上を覗き込んだ。その子供のような横顔をちらと見たマシシもつられて笑い、もう一度宝石に手のひらを向けて自転車ほどの速度で絨毯を操縦し始める。
「怖えぇ言いながら笑ってんじゃねーか。 運転料はしっかり頂くからよ、まあ楽しんでくれや」
「金取るの!?」
「あたりめーだろ!? コレだって結構魔力使ってんだ、タダ乗りなんざ考えがあめーんだよ」
「さ、詐欺だ……」
「別に嘘は言ってねーだろ、強いて言うなら説明漏れな。 そこ間違えられちゃ困るぜ、お客サン」
ガクリと項垂れた肩を軽く叩くマシシの清々しい笑みを睨めつけ、アスカは大きく息を吐いて顔を上げた。
「まぁいいや、乗っちゃったもんは仕方ない」
「そーそ、物分りが良いじゃねーか。 この辺がご存知市場だな、そんでその向こうは住宅街になってる。 古書店のある南っかわは全然人住んでねーけど、北の方はそれなりに賑やかなんだぜ」
マシシがそれぞれを指して大まかに案内していきながら市場の付近で進路を変え、目抜き通りに並行に進んでいく。市場について少し掘り下げた説明を聞いているうちにやがて行き着いた道の端、通りに構えた石造りの大きな門扉の手前近くで絨毯は止まった。門の向こうで、道は遙か地平線まで続く深い森に飲み込まれている。
「この門が、星ノ宮唯一の出入口になってんだ。 いいか、お前は絶対出んなよ」
「出たらどうなんの?」
「最悪古書店出入り禁止。 ……冗談だよ冗談、半分な」
素朴な疑問へ返された重々しい言葉にアスカはさっと青ざめ、冗談という言葉すら聞こえていないかのように勢いよく首を振った。途中で森の方に意識を取られ、町の外を見遣る。
「なあ、この町の外ってずーっと森なのか?」
「ん……いや、実際はそんな事ねーんだけど。 なんつーか町全体に結界が張ってあんだよ、そんでそういうふうに見えるだけ」
「結界!?」
「そ。 めんどくせーし細かい説明は端折るけどさ、そのせいでひょっとしたらアスカが町から出たら二度と入ってこれなくなるかもしんねーんだ。 だから『半分』冗談ってわけ。 ……ま、んな話はどォでもいい 」
マシシは語り終えて一息吐き、話題に区切りをつけるように声の調子を明るいものにして悪戯っぽい笑顔をアスカに向ける。
「それよりこの絨毯、運転してみたくねぇ?」
「できるのか!?」
「さーなぁ、やってみなきゃわかんねー」
「俺は何すればいいんだ?」
「別に何も。 こいつの魔力の供給元をオレからアスカに切り替えればいいだけの話で……」
三度目、マシシが宝石に手を伸ばし、よくよく見ると大きな緑の宝石を囲むように幾つか縫い付けられている小さな宝石の上で、キーボードでも操っているようにすいすいと指を踊らせた。