:: RM>>05-04




 「だーめだ、ナンもわかんねえ。 オレの開ける隙間とは違うっぽいけどねえ」
 「そうか」

 古書店のエントランスに戻り、指環の灯りを消しながらマシシは短く報告を済ませた。その様子を見たエティが思い出したようにもう一言付け足す。

 「……ついでに簡単なランプを一つくれ」
 「はいはいはい! ランプなら仕入れたばっかりでね、丁度持ち合わせが沢山あるぜっ」

 突如マシシはニッコリと人当たりの良さそうな笑顔を顔いっぱいに浮かべ、宙空から大小様々な形をした幾つかのランプを取り出してはエティの前に置きながら捲し立てる。

 「最近は何つーか、生活に彩りをとでも言うの? 色んな機能のついたランプが売り出されてんだけど、オレのオススメは光の色が好きに変えられるコレだね! 据え置き型だけどムードや気分に合わせて七色に切り替え可能、自動で順番に色が切り替わる機能も」
 「いらん。 一番簡単な物でいい、使うのはこいつだ」
 「え、俺?」

 マシシがアスカを振り向いて、ほんの一瞬だけ笑顔を引っ込めた。かと思うと顔面に再び笑顔を貼り付けながらエティに向き直る。

 「ちっ。 ……つったらコレかね、軽くて持ち運びできるし、量産型より光量はあるから外でもまあ使えるっちゃ使える。 ただ光量の調節機能はないぜ、そのぶん値段も抑え目にできてんだけどさ」

 掌に乗るほどの大きさの、細い筋交いが入った銅色の枠組に四枚のガラスが差し込まれた、四角いシンプルなカンテラが取り出される。本来ならば油壷のある部分にひとつ嵌め込まれている橙色の半球が、室内の灯りをちらりと淡く反射した。エティがアスカを向いてそれを指す。

 「点けてみろ」
 「中のこれに魔力注いでな」

 アスカはマシシからカンテラを手渡され、細身のハンドルを持って反対の手を翳し、宝石へ魔力を注ぐ。
 半球が不安定にチカチカと二、三度瞬き、その中から、まるで宝石が分裂するかのように暖色の光の珠がカンテラの中に浮かび出て、ガラスで囲まれた狭い小部屋の中をふわりふわりと漂う。柔らかな光が辺りを橙に染めた。

 「点いたー! すっげぇ!!」

 揺らぐ灯りに照らされながら歓喜するアスカを横目に見て、エティがマシシへ小さく頷く。

 「これでいい」
 「はいよ、まいどあり。 こっから二百エル値引きね」

 マシシがカンテラのハンドルに付いた小さな値札を千切って、訝しむエティに手渡した。

 「お前が値引きか」
 「ちょっとね。 ああ、ランプはちゃんとした品だから安心していいぜ」

 灯りを消したアスカが、大事そうに両手でカンテラを包んで持ちながら遠慮がちに訊く。

 「……ひょっとして、コレ俺に買ってくれるんですか?」
 「……階段から落ちられでもしたら堪らないからな」

 数日前、アスカが夜中に起き出して階下の洗面所へ向かう途中、真っ暗闇の中まだ不慣れな階段を踏み外した事があった。寸での所で手すりを掴んで落下は免れたものの、派手な音を立てて思い切り尻餅を付いたのだ。気恥ずかしくてエティはおろか誰にも話していなかったのだが、物音でしっかり把握されていたのだろう。アスカは恥ずかしさに頬を染めつつも、それよりも遥かに強い感情に顔を綻ばせる。

 「あっ……ありがとうございます! 一生大事にしますね!!」

 喜色満面。カンテラを抱き締め、今にもその場でくるくる回り出して見せそうなほど喜ぶアスカをマシシが怪訝な顔で指さす。

 「……ナンでアスカはアンタに懐きまくってんの?」
 「知らん」

 エティは短く返しながら、レジスターから硬貨を取り出して会計用の革のトレーに並べてマシシヘ差し出した。受け取ったマシシが、三つに分けられた硬貨の群をそれぞれ改める。本の買取代金とランプ代に相当する金額を重たそうな皮袋に仕舞い、最後のひと山の金貨を摘み上げて眉を顰めた。

 「……随分と多くねぇ? オレ、抜け穴についてひとつも情報渡せてないけど?」
 「わからない、という事実を寄越したろ。 多すぎることもない。 情報料として、取っておけ」
 「……はーん? 成る程ね。 そんじゃ有難く受け取っておきますよ」

 片眉を吊り上げたにんまりと意地の悪そうな笑顔を浮かべながら硬貨を全て収め、トレーをカウンターに放って戻す。
 エティは椅子を立ち、傍らで何度も何度もランプを点けては消しし続けているアスカを手近な本の背で小突いた。

 「あでっ」
 「いつまでやってる。 看板仕舞って来い」
 「はーい」

 アスカは叩かれた後頭部を摩りながら幸せに蕩けた顔でヘラヘラと返事をして、早速ランプを点けて店の外へ出て行く。



<<>>