:: RM>>03-03




 森の中を通る小道をいくつかの角を曲がりながら進むと、森の終わりと共に少し広めの三叉路に出る。遠目には民家がちらほら見え、星ノ宮で初めて見る古書店以外の建物に、アスカは思わず、おお、と声に出した。
 左に曲がっていくつかの民家をしげしげと眺めながらその前を通り過ぎていく。庭の広い民家がぽつりぽつりと建ち、風景は自然公園の様相からどこかの田舎町へと様変わりしたかのようだ。レンガ造りや石作り、白塗りの壁に木骨の木組み。古書店と同じくアスカの世界にある建物とあまり変わらないが、どこか少しだけ古風で、やけに色々なジャンルの家があるように思えた。
 観光気分で歩いていると、一軒の建物が目に付いた。赤い煉瓦屋根、円筒状の白塗りの建物。それにはあまり似つかわしくない引き戸に、これまた不相応な独特の柄がはいった大判の暖簾が下がっているその横に、アスカの身長ほどの箱が鎮座している。木製だが、確りしたつくりの箱。
 近づいて、はめ込まれたガラスの向こうに並ぶ、綺麗に畳まれた色とりどりの紙片をしげしげと眺める。ガラスの下には何か小さい物を入れられそうな溝と、各紙片の下にそれぞれ並んだ値段表示とボタン。自動販売機によく似ているのだ、と一人納得して頷いた。正体不明の紙片を購入してみたくなるが、生憎貰った給金は全て古書店に置いてきてしまっている。
 建物の脇が数箇所目の三叉路であることに気付いて、手の中の地図を確認した。

……あ、ここか。

 暖簾の文字は読めないが、自販機といい確かに店のように見える。暖簾を潜って引き戸を滑らせ、中へ顔を覗かせる。

 「こんちわー……、うわっ」

 室内を見るなり思わず息を呑んだ。円形に近い、八畳ほどの室内の壁面全てが小さな木製の引き出しで構成されていて、それが三階ほどの高さまで続いている。思わず視線が上へ上へと吸い寄せられた。古書店ほどではないがそれでも高い天井に大きく切り取られた天窓が、引き出しの合間合間に突き出る透明な板へ光を投げ注いでいる。ガラスの板はさながら螺旋階段のようだが、手すりすらないそのステップを上りきる自信はアスカにはない。
 当たり前のように外観から見た建物の高さを超えた天窓、その格子の中心から真っ直ぐ下がる鎖を辿って視線を下ろしていくと、その先には、床近く、縦に半分ほど切り取られた大きな卵のような形の物が下がっている。濃褐色の籐で編まれたそれは椅子、なのだろう。中に敷き詰められたクッションに埋もれるように、小さな少年がちょこんと座っていた。薄蒼くメッシュの入った白い髪が顔の半分以上を覆っている。髪の避けられた合間から覗く右目がとろりとアスカを見つめた。

 「あ、あのー……」

 子供、と表現して差し支えないほど幼い少年に、アスカは手の中のメモを渡していいものか迷う。かける言葉を決めかねているうちに、少年が半分閉じた垂れ目をもう少しだけ細めてへにゃりと笑った。






 「はじめまして、あすか。 えてぃからはなしはきいてるよぉ」

 声量が極端に少ないが、鈴音のように澄んでよく通る声質とゆっくり間延びした話し方のせいか、その声はするりと耳に届く。

 「ここのてんしゅの、しいらです。 よろしくねーぇ?」
 「へっ? ……あ、はあ……よろしく……?」
 「……なにかふまんでも?」

 湧き出る驚きや疑問を隠そうともしないアスカの反応に、穏やかな口調がほんの一瞬ピシリと凍り付いた。本能的に、アスカは大げさなほど背筋をぴんと伸ばす。

 「なんでもないです!!」
 「……ふふ、そーぉ? ふふふふっ」

 蛇に睨まれた蛙のように硬直する姿を見て、シイラは右手で口元を押さえてころころと笑った。
 年端もいかない少年相手につい竦み上がった事に気恥ずかしさを感じながらも、肩から力を抜く。ポケットから皮袋を取り出し、シイラが笑い終わるのを待って、少しよれたメモと共にカウンターの上に置く。

 「エティさんから買い物を頼まれたんだけど、これを見せればわかるだろうって。 こっちが代金」

 紙片がふわりと浮いてシイラの右手に引き寄せられる。シイラは文字に目を通すなり、くす、ともうひと笑いして、入り口脇のベンチを指した。

 「すこしじかんがかかるから、すわってまっててねーぇ?」



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