「エティさん、どこですかー」
ひとつひとつの通路の左右を見通しながら探し歩き、店の中心近くでその姿を見つけた。
何冊もの本の群れをアスカの頭上よりも高く浮かせてその上に腰掛け、肘掛代わりに重ねた本の上に頬杖を付きながら一冊の本を読み耽っている。書架の整頓をしながら目に付いた本をついつい開いてしまうのがこの人の癖らしい。既に何度か目にした光景だが、アスカは微笑ましく思いながら近付いて、エティの足元から声をかける。
「エティさん、お昼ですよ」
「……ん、……ああ」
赤い瞳が文章をひとなぞりして、名残惜しそうに本から視線を剥がしてアスカに向いた。瞬き、アスカの言葉を遅れながら理解して頷く。カーディガンのポケットから取り出した栞代わりの紙片を挟んで本を閉じ、本でできた椅子の高度を下げる。絨毯に両足を付けて立ち上がると同時に、本の群れがバサバサと乱雑に床に散らばった。一度落ちた後に浮かび上がり、乱雑に端に詰まれて避けられる。
アスカが数日エティを見ていて気付いた事の一つ。基本的に彼は商品でもある本を大事に扱うのだが、時々こんなふうに雑に扱う本もあるらしい。アスカに練習用に寄越した本もその類なのだろう。
「何してる」
さっきまで椅子の体を成していた本たちを見つめるアスカに、ダイニングへ戻ろうとしていたエティが声をかける。アスカは短く返事をして小走りにエティに追いついた。
「いつも椅子にしてる本って商品じゃないんですよね? 落とした拍子にちょっと折れちゃったりしてたけど」
「あれは不要な本だ」
「どうして?」
「……内容が支離滅裂だったり、粗末な物だったり」
「ふうん……」
納得して、今度はエティがダイニングに持ち帰ろうとしている本を指さす。
「今読んでたその本はどんな内容なんですか?」
「……」
無言のエティに、またやってしまったかとアスカは視線を泳がせた。好奇心のまま質問ばかりして面倒がられるやりとりをもう何度も繰り返しているのだが、どうしても懲りずに質問を重ねてしまう。我ながら何で何でを繰り返す子供のようだとは思っていても、興味は尽きずに訊きたい事は次から次へと湧き出て来る。
「……一人の一生を綴った物語」
また沈黙で会話が終わってしまうかと思っていたところへ戻ってきた返答に、アスカは自然と笑顔になって頷いた。
「へえー。 ほんとに俺も字が読めればなぁ。 そしたらその本読めるのに」
「……どうして読みたい」
「エティさんの興味を惹く本だったら俺も読みたいもん。 すっげー興味ある。 あ、そうだ! 読み終わったら、どんな内容だったかもっと詳しく教えてくださいよ。 ね?」
人差し指を立ててさも名案かのように満面の笑顔で口にした提案に、エティが首を横に振る。
「……お前はいいんだ、マセガキ」
エティはアスカを小突こうと栞の挟まった本を一度掲げたが、途中で手を止めた。その代わりのようにダイニングに戻る歩を早める。
用意された昼飯を例によってアスカだけが食べて、食器を片付けて店へ出た。カウンターに腰掛けて何やら書き物をしていたエティがペンをスタンドに置き、何かを綴った紙片を二枚アスカへ突き出す。
「買い物行って来い」
「買い物、ですか?」
突然の言い付けに鸚鵡返しに答えながら受け取った紙を確かめる。片方は何かが箇条書きされ、もう片方は。
「地図?」
線で引かれた道の上に、古書店と目的地がそれぞれ星印で示された簡易な地図。見た限りではほんの数回曲がり角を間違えなければ目的地へ行き着けそうだが、古書店の正面に伸びる道の先はアスカにとって未知の世界だ。期待よりも不安のほうが勝り、アスカは困ったようにエティを見る。
「すぐ近くだから迷う事もない。 わからなくなったら一度戻って来ればいい」
「……わかりました」
エティはレジスターから数枚の硬貨を摘み上げて革袋へ収め、袋をアスカに放って寄越す。
完全には不安を拭えないが、折角の頼まれ事を断りたくはない。アスカは頷いて皮袋をポケットに仕舞った。