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 日を重ねるごとに冷え込みは増して、朝ベッドから這い出るのがひどく億劫に感じるこの頃。
 今日もアスカは廊下から掛けられるエティの声で目を覚まして、布団の中に籠る温もりから逃れられずに体を丸めていた。微睡みに身を委ねながら眠りに落ちるぎりぎりのところで意識を繋ぎ止める心地よさ。そうこうしているうちに十五分は経過している。何度か、そろそろ起きないとなぁ、と思いはすれど、体のほうは全く動こうとしない。
 また意識を上下させていると、とんとん、と階段を上ってくる足音が微かに聞こえてきて、アスカは寝惚け眼を薄く開いた。

 「おい」
 「……はい?」
 「外を見てみろ」

 アスカを起こしてから階下へ降りたはずのエティがわざわざ部屋の前まで戻って来たらしい。軽いノックの後に扉の向こうから促され、意を決して体から掛布を剥がす。天気が悪いのか窓から陽はささず、夜間の冷えがそのまま残る室温に小さく震えながら窓に寄って、外を覗くなり、アスカは大きく目を見開いた。厚めの雲による曇天の下、普段の緑豊かな眺めが白銀の毛布ですっかり覆い隠されている。

 「雪だあぁ!!」

 急上昇したテンションに任せて叫ぶと、隣室のマシシが壁を蹴る音と共に、うるせーよ、と声を張った苦情が聞こえてくる。

 「マシシも外見ろよ! 雪だよ!!」
 「雪だから何だようるっせーんだよ! バカ!!」
 「バカ言うな!!」

 マシシもつい先程までのアスカと同じように布団に包まってうとうととしていたのだろう、壁越しの声には苛立ちが聞き取れる。アスカは特にそれを気にするでもなく短く返すと、寒さも忘れて寝間着を脱ぎ捨て手早く着替えを済ませた。
 足取り軽く階下に降りてダイニングへ向かえば、キッチンに戻って朝食の支度をしていたエティがじとりと振り向く。

 「エティさん、おはよーございマスッ」
 「壁越しに会話するな。 喧しいぞ」
 「へへ、すみません。 うわーマジで積もってるなぁ、昨日の夜は雪なんか全然降ってなかったのに」

 アスカはマシシとの会話を窘められてもへらへら笑いを崩さず、気味悪げな視線を背中に受けながら出窓に身を乗り出して外を眺めた。嬉しそうにはしゃいでいるのが声音の端々に滲み出る。

 「お前の所では雪が降らないのか」
 「たまーに降るけど、あんまり積もらないんですよね。 年に一回くらい積もってもここまではなかなか……ちょっと外見てこよっと」
 「……そんなに積もったか」

 ダイニングの扉を開けて店へ出るアスカの後ろを、軽く手を洗って水気を拭ってからエティも付いて出る。

 「雪かきとかするようですかね?」
 「必要ない、道には除雪機能が付いて」

 アスカが開け放った外扉から店の外を覗いたエティの言葉がぴたりと止まる。

 「……ないみたいですけど」
 「……」

 積雪量は三十センチほどだろうか?外開きの扉の上に突き出た庇のおかげでなんとか扉は開いたものの、その先の階段から道から何もかも全てが雪に覆い尽くされ、道とそれ以外の区別すら全くつきそうにない。しかしエティの言う除雪機能自体は存在するのだろう、視線を先のほうに向けると、数十メートル先では道にだけ全く積雪せず、いつものように石畳が露出しているのが見えた。

 「うっわ、除雪壊れてんじゃねーの?」

 遅れて降りてきたマシシが後ろからアスカをぐいと押し退けて外の様子を伺う。

 「いずれ経年劣化すんのは当たり前だけどまさかアンタんちの周りが最初だとはなー。 朝飯食ったら整備の連中に伝えてくるけどどっちみち雪は退けるよォだな……スコップあんの?」
 「ない」
 「しゃーねーな……ほい」

 エティがきっぱりと首を横に振ったのを見て、マシシは宙から雪かき用と思しきスコップを取り出してアスカに手渡した。先の平たいそれを受け取って、軽く上下に振って重さを確かめる。

 「さんきゅー! マシシ気が利」
 「1000エルでいいぜ」
 「かない!! 守銭奴!!」

 アスカはスコップを離した手を引っ込めず、上側に差し出し続けるマシシの手のひらをぱちんと叩いた。エティが黙ってレジスターから取り出した硬貨を一枚受け取りながら、たりめーだろ、とマシシはにんまり笑う。



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