バァン!!
「……い、いらっしゃ……?」
いきなり入口の扉が乱暴に開け放たれたかと思うと、もこもこした帽子に毛皮の短い外套を纏った一人の少年が、カウンターのアスカを睨みつけながらずかずかと入店してきた。五本の指全てに指環が嵌った左手を、バン、と机上へ叩きつけるように乗せて、アスカの顔を至近距離から覗き込む。
アスカは強い視線に気圧されて体を引きながら、宿題のプリントにのろのろ這わせていたペンを置く。
水色の大きな瞳に黙ったまま睨まれ続けていると、奥の扉からエティが何事かと顔を出した。少年の姿を見るなり、珍しく少し急いた様子で店へ出てくる。
少年は店主に対し無反応で、ただアスカを睨み続けた。
「……ここの人たちって、初めて会った人の顔をまじまじ見るのが慣わしか何かなわけ……?」
アスカが苦笑しながら兼ねてからの疑問をエティに尋ねた。それには答えず、エティは少年に対して声を掛ける。
「……どこか寄ってきたのか」
「…………ああ……籽玉のとこ……。 ……頼まれ物届けてきた」
少年はようやくアスカから視線を外してエティを向いた。薄青の髪に括られた、小さな宝玉のような飾りが揺れる。
「コイツがその……例の、店の手伝いなワケ?」
「ああ」
「くぉおんな弱っちそーな奴がぁ!? はっ、ジョーダンきついぜ!」
「弱っ……!?」
改めて人の顔をじろじろと見て鼻で笑う少年にさしものアスカもカチンときて、口が出そうになるのを既のところで堪える。待て待て、相手はどう見ても年下、熱くなるな大人気ない。そう自分に言い聞かせて。それでも流石に笑顔を繕うのは難しく、仏頂面を向けてしまう。
睨み合うかたちになった二人に、エティはさも面倒そうに頭を掻いた。
「……こいつはマシシ。 道具商だ。 普段は旅をして町にはいない。 聞いているだろうがこっちはアスカだ」
「道具商? 日用雑貨とか売ってるの?」
「ナニ言ってんの? 道具っつったらフツー魔法道具だろーが。 ま、本すら浮かばせらんないような無能にゃあ絶っっっ対に使いこなせやしないだろーから、ハナから関係ないけどなッ」
「こ、こんのガキ……ッ」
たっぷりと棘を孕んだ長台詞を受けてアスカが思わず椅子を立った。頭ひとつほど背の高い相手に怒りの表情で見下ろされる形になっても、マシシは怯むことなくただ冷たい眼差しをアスカに向け、嘲るように笑ってみせる。
「はっ、ガキだぁ? ほんとナニ言ってんの? こちとらアンタの何倍も生きてるっつーの、アンタんとこの時間感覚で言えば何っ十倍!」
「え?」
嘲笑だけでなく呆れの色まで含まれていたような声に、アスカは相手の言葉が冗談だろうと確信しきれずエティを仰いだ。エティは黙ってただ頷く。
「えっ……どう見ても……せいぜい十四歳くらい……?」
「マシシだけじゃない。 町の人間皆そうだ」
「ええええええ!? って事はエティさんも!?」
「ああ」
ふん、とマシシがまた鼻で笑い、片手を腰に当て、得意げな顔でビシリとアスカを指さした。
「十七歳なんざガキ以下なんだよ!! バーーーカ!!」
とどめの一撃を叩き付けられ、アスカはふらつきながらへなへなと椅子に戻った。
外見から一つか二つ年下、そうでなければ同い年くらいだろうと予想していたエティ、随分賢い子供だと思っていたシイラも琅玕も籽玉も、そして目の前の、外見から発言までただのガキとしか思えないガキオブガキも、みんな。
「みんな……年上? しかも……遥かに……?」
思い返してみれば、今までに星ノ宮でアスカが知り会ったエティを含めた四人は、その外見より幾分大人びているふしがあった。そっと見上げたエティの表情はいつも通りの澄まし顔で、嘘をついているようには到底思えない。
「じゃ、じゃあ俺ッ……今まで、かなり年上のみんな、いや、みなさん? 呼び捨てにしてタメ口きいてた……わけ……?」
「下らない事を気にするな。 お前も、敬えという意味で言ったわけじゃないだろう」
「……べつに? 敬語使われる方が気持ちわりーっつか……畏まれなんて言ってねーし……」
マシシは口を尖らせてもごもごと言ったかと思うと、アスカからの戸惑いの視線に気が付いてきっと睨みで返す。
「とにかく、外見でガキ扱いしてんじゃねーよってこと!! わったかよ!?」
「わ、わかったよ……悪かった。 だからそんなに睨むなよ……折角知り合ったんだしさ、仲良くしようぜ? なっ?」
目の前に差し出されたアスカの右手をじっと見てから、遠慮がちにマシシも右手を出した。こちらの手にも、全ての指に指環が嵌められている。
アスカはにこりと笑み、その小さな手を握って軽く上下に振った。
「……先に仕事を済ませてもらっていいか」
「!! あっ、ああいいよ」
エティに声を掛けられ、マシシは一瞬かあっと頬を染めて強引に手を振り解いた。すぐに何事もなかったかのような顔に戻って、右手をつと宙に翳す。
本棚から本を一冊抜き出すような所作をする。と、何もないはずの場所から、するりと本が現れた。掴んだその本を無造作にアスカへ放る。
「うわわっ」
取りこぼしかけつつ何とか受け取ってその表紙を眺めようとしたところに、ぽいぽいと続けて本が投げ渡される。マシシが左右の手で一冊ずつ取り出しては投げて寄越す本が、アスカの両手で持った最初の一冊にどさどさと積まれていく。詰み上がった本が頭の高さを越え、重みに腕がぶるぶると震え出した頃にようやくマシシの手が止まった。
「これで全部かな。 じゃ、鑑定ヨロシク」
そう言い残して、帽子を脱ぎながら勝手にダイニングへ入っていってしまう。アスカはエティに指示され、小山になった本をよたよたとカウンターへ運んだ。
「何か手伝え」
「ないから、お前も奥に行ってろ」
「はーい……」
重さの余韻で痺れる手に宿題のプリントと筆記具を持たされ、店内から追い出されるようにダイニングの扉を開けた。