夜更けに閉じた目をふと開くともう朝になっていた。壁の時計の三本の針はいつも彼が起こしてくれる一時間ほど前を指している。
昨日はずいぶん夜更かししたというのに、やけにすっきりと目が覚めた。普段なら迷わず二度寝するところを、勢いをつけてベッドから体を起こしてしまう事にする。
冴えた頭で身支度を済ませて階下へ降りる。まだ朝食の香りすらしないが、起き出してダイニングの窓辺で外を見る彼の姿が目に入った。俺の気配に気付いて此方を一瞥する。
「おはよう、エティさん」
改めて込み上げた気恥ずかしさにへらりと妙な笑みが浮かんでしまう。その手の中に、窓からの陽光を浴びて煌めくひとつの欠片が握られていたから。
「お前が置いたのか」
「ハイ。 そです」
欠片を包んでいたはずの包装紙はリビングにもダイニングにも見当たらない。枕元に置いてあったのをその場で開けて、わざわざ持って降りたのだろうか。
上部に小さなリボンの付いた平たい銀のフレームに何色かのガラスが流し込まれ、ステンドグラスを模した栞。女の子だらけの洒落た雑貨店で、肩身の狭い思いをしながらも必死で選んだささやかな贈り物。
「何で突然……」
「俺の世界ではクリスマスっていう日なんですよ、今日。 前に話したの覚えてますか? クリスマスの前日の夜、子供達の枕元にサンタさんがプレゼントを置くんだって」
「……子供達」
「あ、違うんです、エティさんが子供ってわけじゃなくて、マシシ達にしてやりたいなーって思って。 あいつらも見た目どおりの子供じゃないの、わかってはいるんだけど」
「全員の枕元に何か置いてきたのか」
「昨日の夜にちょっと」
「……そうか」
呆れ混じりの声で訊いた後、黙ってしまう。勝手な事をして機嫌を損ねただろうか?就寝中の寝室へ勝手に入るのは些か気が引けたのも事実だ。
でもそのプレゼント、他の皆のぶんよりずっと時間かけて選んだんです。……あと、ささやかながら一番高価でした。それと、それと……。
言葉にはしたくない事ばかりが出てきて気の効いた台詞がひとつも浮かばない。流れる沈黙へ外の鳥の囀りが時折割って入る。
「俺の目の色と同じなのか」
「!! そうです!」
また栞を光にかざし、透ける紫陽花を眺めながらの呟きに大きく首を縦に振った。ショーケースの中に数種類並んでいたうち、彼の瞳と同じ赤と青緑を基調としたものを選んだのだ。気付いてもらえるとは思っていなかったけれど。
不意に彼が此方を振り向いて互いの視線が絡んだ。刹那の、外光が外れて蒼から緋色にうつろう瞳の揺らぎに、これで数度目、魅入られる。
「……けど、やっぱ本物が一番綺麗です。 ガラスと宝石じゃ、最初から比べる意味もないですけど……」
「……。 ……マセガキ」
正直な感想ながら少しだけ背伸びした俺の文言を察したのか、短く窘めて栞に視線を戻してしまう。小さな手の中で揺らされてちらちらと光を乱反射させるフレームが起き抜けの目に少し眩しい。
「……ありがとう」
長い睫毛に縁取られた蒼の貴石に視線が吸い寄せられる。ごく小さな声で呟いたその横顔がほんの少しだけ微笑んでいるように見えて、情動が俺の胸を強く衝いた。
「エティさん、」
考えるより早く相手の肩へ手を伸ばし、……たところで、上階から大きな物音が響き、触れる直前で手が止まった。次いで廊下を走る音と、何事か喚きながら階段をどたばたと駆け降りてくる騒々しい声と音。俺の向かいの部屋の住人が起き出して枕元の箱に気付いたのだろう。
静かな早朝、二人きりの穏やかな空気が、我に返ってしまったようにいつも通りの日常に戻っていく。
「騒がしい一日になりそうだ」
彼が窓から離れて廊下のほうを見遣り、栞をカーディガンのポケットにしまおうとして止め、シャツの胸ポケットに滑り込ませた。
皆の枕元にプレゼントを置くところまでしか考えていなかったが、彼の言うとおり、このぶんならもう少し経った後にきっと来客があるだろう。
「……ですね」
俺は行き場のなくなった手を自分の顔に寄せ、思わず苦笑を洩らしながら指先で軽く頬を掻いた。