:: RM>>17-03




 三学期のはじめにくじ引きによって更新された飛鳥の席は、窓側の前から三番目というそこそこの好物件だった。少々の手遊びならばそうは見咎められない立地だ。
 が、今日のように、板書を取る素振りがないどころか教科書すら開かずに頬杖をついて顔を横に向け、窓の外をぼんやりと見つめ続けていれば、どの教師も一度は飛鳥を注意した。
 飛鳥はその度生返事を返してのそのそと前を向いたが、五分と経たないうちにまた同じポーズで視線を窓の外へ投げ放ってしまう。生徒の受講態度にうるさい事に定評のある数学教師ですら、授業の最後には、再三注意を重ねても上の空な飛鳥をただ不気味そうに見遣るだけになっていた。

 そんな飛鳥を気に掛けた友人たちはホームルーム前や休み時間ごとに代わる代わる声をかけてきたが、昼休みに入った今では、とりあえず放っておいてやろうと少し離れた席から見守っている状態だった。昼食を摂ろうともしない飛鳥に痺れを切らしたお節介が再度声を掛けたが、窓の外を見つめたまま呟いた、お腹空いてない、の一言で、溜息と共に肩を竦めて他の友人の元へ戻って行った。
 飛鳥は平均的な男子高校生の枠から外れず食欲旺盛なほうだ。その飛鳥が食事も摂らずに上の空。これは恋煩いの類ではないか。好きな人でもできたのか。或いは失恋でもしたのか。いやいや、クリスマス後に飛鳥が身に着け始めた手編みのマフラーはやはり恋人からのもので、その恋人と喧嘩でもしているのではないか。それとも……。
 自由勝手かつ無責任に邪推を重ねる声が飛鳥の耳にも届いているが、午前中の授業内容と同じく、頭の中にまではまるで入ってこない。
 そして彼らのその推測は、半分ほどが正解でもう半分が誤りである。何故なら、飛鳥の恋心は一昨日、告白すらも許されず、満点の星空の下で玉砕したのだから。
 そう、一昨日。あの晩から何度も何度も繰り返す短い自問が、今も絶えず脳内を巡り続けている。

 ――ふられたんだよな。

 あの夜からもうアスカの体感では二日少々経ったというのに、強い語気でアスカの言葉を振り払った瞬間のエティの顔が、今でも目の前で見ているかのように鮮明に脳裏に浮かぶ。
 寄せられた眉根、揺れる蒼い瞳、ほんの少し上気した頬、震える唇。
 消え入りそうな、掠れ声。

 ……ふられたんだろうなぁ。

 肩が大きく上下して、あれから何十回目になるかもわからない盛大な溜息が溢れ出る。
 あの日。廟でのやりとりの後お互いに一言も言葉を発さないまま古書店へ戻り、アスカがシャワーを浴びてリビングに顔を出せば、エティはいつものように暖炉脇の揺り椅子で本に目を落としていた。先に寝ますね、おやすみなさい、に短く返された言葉も、いつも通りの素っ気なさ。
 浅い睡眠で夜を越えると、朝にはやはりいつも通りの朝食がテーブルに並んでいた。それからあの出来事が話題に上る事はなく、古書店にもう一泊した後家に帰り、寝て起きて登校後、今に至る。
 普段通り何も変わらない、もうすっかり慣れきった日常。
 そう、いつも通り。

 ――考えてみれば、エティさんって冷たいわけじゃないけどいつも素っ気ないんだよなぁ。……それってつまり、元々脈がないって事か?
 俺の気持ちがわかっても拒絶しないって事は嫌われてはいないのかと思ってたけど……好きとか嫌いとか以前に、ほんとに無関心なだけだったりして!?
 忘れらない相手がいる、って事は、元カレがいるって事でいいんだよな……いや元カノかもしれないけど……、恋人……。

 「だぁあっ」

 不意の短い叫びに、クラス中の視線が飛鳥に集まった。そんな事はお構いなしに、机へ突っ伏していた体を上げ、椅子を弾き飛ばさん勢いで席を立った。机の横に掛けてあった鞄を手に取り肩へ掛ける。

 「俺、めちゃくちゃ胸痛いから帰る!!」

 力強い声で発せられた早退を意味する言葉に、友人たちは何か野次るわけでもなく、ただ神妙な顔で頷くばかりだった。




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