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 「ひさしぶりだねーぇ? えてぃがくすりをかいにくるのぉ。 ねむれない?」

 天窓から拡散された陽光がたっぷりと降る薬屋には、ごりごりと規則的な音が三重に響いている。
 三つのすり鉢の中でそれぞれのすり棒を魔法によって繰りながら、籐椅子に掛けたシイラは長い前髪の間から覗く右目を細め、客人へ微笑みかけた。

 「……」

 エティは応えず、膝元に置いた両手の中、口をつけていないティーカップを見下ろしたまま押し黙っていた。
 先刻薬屋を訊ねてから一言、「いつもの」と呟いたきり口を閉ざしたままだ。その不躾さをシイラは気にする様子もなく、依頼の通り、よく慣れた処方で薬を作っている。

 「ここのところ、ずっとつかってなかったんだねーぇ? あすかがきてから、かなーぁ?」

 シイラが右手の中のカップに唇を付けてゆっくり紅茶を含む。嚥下し、カップを持つ手を膝元に下げるゆったりした動作が終わっても、相手はシイラの声が聞こえていないかのように微動だにしなかった。

 「また、ゆめをみたのーぉ?」

 エティが俯いたまま軽く唇を噛む。それを返事として、シイラは浮かせたカップをカウンターの上のソーサーへ戻した。

 「じぶんからくすりをもらいにきてくれて、わたしはうれしいよぉ」
 「……琅玕が、隈が酷いと声を掛けてきたから……」
 「そう。 ろうかんはよくきにかけてくれてありがたいねーぇ? わたしもきづけたらいいんだけど、いまなかなかそとにでられないからねぇ……」

 後半を独り言のように呟きながら、シイラはエティの肩越しに窓を見遣る。簾の隙間から覗く外へは、ついさっき洗濯物を干しに出たのが二日ぶりだった。

 「……薬を、使ってもいいのだろうか」

 ぽつりと零された言葉に、シイラは彼へと視線を戻す。

 「どうして?」
 「やはり俺は、憂い事から逃れていい立場ではないと思う」
 「アスカがしんぱいするよ」
 「……ッ」

 エティがその薄い唇を噛みしめ、表情を歪ませて言葉に詰まるような間をあけた。

 「……。 あいつはもう、来るかわからない」
 「……なにがあったかはきかないけど。 それでも、エティはアスカをしんじてるんじゃないの? またきてくれるって、きてほしいって、おもってるんじゃない?」

 弱々しく頭を振る動作で、さらりさらりと薄緋色の髪が揺れる。

 「……わからない。 もう訪れないかもしれないと……そう思うことで、俺は逃避しているのかもしれない。 逃れてはいけないと自戒しているつもりが、結局は逃げている。 ……滑稽だ」

 カップを包む両手に力が篭った。波立つ飴色の水面にうつる己の瞳を睨み付け、エティは呻くように言葉を紡ぐ。

 「奴の時間を奪い、ましてや人生までを狂わせていいとは到底思えない。 ……違う……言前だ。 ……私は怖い。 正面からアスカと向き合うのが、怖い……」

 こんなにも震えた彼の声を聞くのはいつぶりだろうか?シイラは頭の隅でそう思い巡らせながら、三つのすり鉢の中身を一つにまとめ、また魔法ですり棒を動かし始める。

 「エティのきもちもいたいほどわかるけど、それはエティのしゅかんであってアスカのいしではないでしょ。 わかるよね?」

 噛み砕きながら諭すようなシイラの声には、普段どおりの緩慢な語り口にも関わらず、いつになく力があった。エティは頷きはしなかったが、そのまま言葉を続ける。

 「たしかにじかんはむげんじゃないかもしれないけど、けつろんをせいてもしかたないよ?」

 出来上がった薬がひとりでに薬包紙に包まれていき、十五個出来上がった包みが小ぶりな紙袋へ収められた。勝手にくるくると口を閉じたそれが、エティの腰掛けるベンチの傍らにぽとりと置かれる。

 「それと、アスカはまたきてくれるかもしれないんだから、しんぱいをかけないようにくすりをのんで、ちゃんとねむりなさい」

 三言目には少々の厳しさすら孕んでいたが、エティはようやく微かに頷くと、紅茶を飲み始める。彼にしては速いペースでカップを空け、ごちそうさま、と呟くと共にソーサーと一緒にカウンターへ戻す。

 「おかねはいらない。 わたしからのおみまいだとおもって」

 財布を取り出そうとしたエティをシイラの言葉が制した。それは服薬を促す方便だとエティにも理解ができて、苦々しげに眉根を寄せる。暫しの間睨み合って、根負けしたエティが溜息と共にポケットへ財布を仕舞う。
 薬の袋を掴んで出て行こうとするエティの背中へ、少しの躊躇をおいてからシイラが声を掛ける。

 「エティ。 あなたはじゆうなんだよ」

 一瞬足を止めたエティは、シイラに背中を向けたまま、再度首を横に振った。



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