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 「流星群かぁ、俺子供の頃に見たっきりだなぁ」

 自室から取ってきたコートを羽織りながら、アスカは幼少期にベランダから星の観察をした記憶をしみじみと思い返していた。とはいっても当時のアスカは小学生、ましてや低学年の頃の記憶など曖昧で、その時の星空の様子など思い出せはしないのだが。
 エティはそんなアスカの台詞を聞いているのかいないのか、上着を身につけ、手に持った短い鎖の先に下がるランプを点検していた。摺りガラスへ紋様の彫り込まれた曲線的な筒の上下に、細かに彫金された金色の縁取りが施されたランプ。白い手が翳されれば、赤に近い橙色、摺りガラスに柔らかく拡散された光が中心に灯る。

 「どこで見るんですか? 屋根の上なんかよさそうですけど」
 「……」

 天井のほうを指すアスカにエティは黙って首を横に振り、ランプを携えてダイニングのドアを開けて店の方へ出て行ってしまう。

 「あっエティさん、待って下さいよー!」

 大慌てでマフラーを首の後ろで結び、自分のランプを手にエティへ続く。店の外に出て、相変わらず外出時に鍵も掛けない習性に無用心ではないかと後ろ髪を引かれつつ、白い息をたなびかせながらエティの隣へ追い付いた。きんきんに冷えた外気を吸い込むと、鼻の奥がつんと痛む。
 とっぷり暮れた宵闇に、ふたつの灯りがゆらゆら揺れる。

 「でも意外だな。 エティさん、星好きなんですか?」
 「……好きでも嫌いでもない」
 「そうなんですか? でもエティさんから誘ってくれるなんて嬉しいです」

 ランプの穏やかな光に淡く照らされたエティの横顔へにっこり笑みかける。こういう事を言ってみてもいつものように無視されるものだと思っていたが、エティはほんの一瞬だけ視線をアスカの方へ向けてまた前へ戻した。それが何だかエティからの誘いと言った事を肯定されたように思えて照れくさくなり、ランプを持たない左手で頬を掻いたところで、はた、と指が止まる。

 ……これってもしかして、デート?

 二人きりで星の観察に向かうなんて、なかなかロマンチックなのではなかろうか。そう思い至ると、たちまち首から上が熱を持って口の端がむずむずと緩みだす。しかし、恋人同士でない場合はデートと呼ぶのが否か、という疑問も頭に浮かんで、にやけ面はすぐに思案顔へ変わる。

 俺とエティさんはそういう関係じゃなくて……。……じゃあ、どういう関係?
 店主とバイト?それだけ?
 ……ですよねー。

 己の中で手早く出した結論へ向けた苦笑を混ぜ、はあ、と吐き出した溜息も白い帯へ変わって後ろへ流れていく。
 分かれ道を通り過ぎるたびに行く先を予想する選択肢が狭まって、やがて一つに絞られた。一度だけ通った事のある登り坂、この先には廟しかないはずだ。わかっていて一々確認をする必要はないだろうと、黙ったまま徐々に傾斜のきつくなる坂を登っていく。
 荒い息遣いが聞こえ始めたかと思えば、斜め前を上下していた丸い頭が徐々に後退していき、ついに視界から消えた。アスカはこみ上げた笑いを隠しもせずにエティを振り向く。

 「ほらエティさん、捕まって!」

 エティは肩で息をしながら、差し出された手とアスカの顔を見比べた。
 アスカは躊躇いがちに差し出された白い手をしっかり握り、早いペースにならないよう気を払いながらその手を引いて歩く。

 「もうちょっとですよ、頑張りましょ」

 彼には返事をする余裕がない事はわかりきっているため、言葉が返って来なくとも気にはならない。いっその事おんぶしてしまったほうが早いだろうかとも思えたが、恐らくエティは嫌がるだろう。問い掛けはせず、小さな手を握る力を少しだけ強くした。冷たい手に、アスカの手のひらの温度が移っていく。手袋を持ってくれば貸せたのに。そんな事を思いながら歩むうち、廟の白い外壁が視界に入りはじめる。
 扉の前に着いて、名残惜しさを感じながらエティの手から掌を離し、全身で酸素を求めるように荒く呼吸する背中にそっと添えた。

 「大丈夫ですか? 座ります?」
 「……いい、……構う、な……」

 エティの息が整うのを待つ間、首を擡げて置き場の無い視線を空へ向ける。まだ流れ星は目に付かないが、雲も月もない晩、天体観測にはうってつけだろう。誰もが知っているような星座すら見当たらないのは、アスカの街で見るよりも遥かに数の多い星々が夜空狭しと瞬いているせいなのか、そもそも同じ星の並びが存在しないのか、どちらかはわからない。




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