過食気味で重たい腹を幸せそうに擦りながら、アスカはソファに深く凭れた体を更にずり下げた。苦しいくらいの満腹感に重たく感じる瞼を伏せると、エティがキッチンで食器を洗う音が耳に届いて頬が緩む。
今日の夕食はやけに豪勢だった。というより、偶然なのか、アスカが一度でも好物だと言った覚えのあるものばかりが並んでいたうえエティが量を作りすぎたため、終盤は胃の限界を引き伸ばすように口に運んでいた。
それでも、好きな人の作った美味しい好物で満腹になれるならこんなに幸せな事はない。アスカは緩んだにやけ顔を引っ込めようともせず暫くソファの上でだらけ続け、キッチンからの水音が止んだ頃にのそのそと体を起こした。未だ腹は苦しいが、眠たくなる前にシャワーを浴びてしまおうとそのままソファを立つ。
「アスカ」
リビングを出ようとしていたところを呼び止められて振り向けば、リビングとダイニングを隔てる低いカウンターの向こう、エティが手の水気をエプロンで拭いながら此方を向いていた。来い、と短く言われるままカウンターを回り込んで近くに寄ると、エティはカーディガンの下、シャツの胸ポケットから細い鎖を取り出してアスカへ差し出してくる。
それを両手で包むように受け取り、鎖の端と端を摘み上げた。華奢な銀の鎖に等間隔に小さな宝石の飾りが下がり、その中央にはひときわ大きな青い石が揺れる。アスカにはカラットなどわからないが、縦の長さが一センチを超えた雫型の石がもし本物の宝石の類ならば、なかなか高価になるであろう事は予想できた。両端にアクセサリー用の金具が取り付けられた鎖の全景を見ていると、それにどことなく見覚えがあるような気もしたが、少し考えみてもぴんとこない。
「着けてみろ」
「ブレスレットですか?」
袖を捲った手首へ巻き付けようとしたところで、エティに無言で自分の足首を指され、きょとんと瞬いた。改めて手元を見ると、確かに手首には鎖の長さが余るように思える。ソファに座って右脚のブーツを脱ぎ、靴下の上から足首へ巻きつけてみれば、鎖はぴったりとそこへ収まった。
「おお……すげぇお洒落……」
装飾品の類とはほぼ無縁な今までを過ごしてきたアスカにとっては、小洒落たアンクレットが自分の足首に煌く光景がなかなかに擽ったかった。落ち着かなさげにエティのほうを見上げれば、小さくふたつ頷いて返される。
「着けたままでいられるか」
「へっ? まぁ、足首ならさすがに学校でもバレないとは思うけど……体育の時もジャージ穿けばいいし……」
「ならできるだけ常に身に着けていろ」
ぽかんとした顔で数度瞬くうち、アスカの首から上は真っ赤に染まった。何度か口をぱくぱくやってからようやく声が音を帯びる。
「ッ……、ぇ、え、エティさんっ、こ、これって……ひょっとして……プレゼントですか!?」
「…………違う。 お前の魔力がまた溜まり過ぎないようにするための魔法道具だ」
「……あ、」
エティは激しくつっかえながらの台詞の意味を少し考えてから、溜息に呆れを混じらせて返す。その言葉にアスカはようやっと見覚えの正体を思い出し、興奮のあまり浮かしかけていた腰をソファへ戻した。
「これ、魔力を吸う本の表紙についてた鎖?」
「マシシがあの本の装飾を細工して作ったものだ」
「そっか、マシシが。 ほんと、マシシって見かけによらず器用だなぁ」
エティからの贈り物でなかったのは少々残念だったが、魔力を本に吸われるときの悍ましい思いをもうしなくて済むのはやはり喜ばしかった。今度マシシが帰ってきたら何かお礼をしなければ、と小さく心に誓う。
「これ風呂入るときも着けてて平気ですかね? 試してみようかな」
細い鎖に繊細そうな装飾は、いつも通りスポンジで体を擦るついでに切れたり壊れてしまいそうに思えた。ブーツを突っかけて立ち上がり、今度こそリビングを出ようとした肩を後ろから細い指で捕まれる。
「後にしろ。 外へ行く」
短い静止に振り向き、肩に絡まる指の感触についつい神経を集中させてしまいながら、首を傾げてエティの丸い頭を見下ろした。