二人が琅玕の部屋から退室するのと同時に、籽玉の瞳から堰を切った涙が零れ落ち始めた。琅玕はそれでもまだ弱々しく胸を殴り付けてくる両手をそっと包んで止めさせ、次から次へと溢れる涙を親指で拭ってやる。
「ごめん、籽玉……心配させた」
「っ……ばか……ばかぁあ」
籽玉は激しくしゃくり上げながら琅玕の手首を掴んで乱雑に振り払った。
「琅玕ずっとぼくに怒ってさ……っ……こんな事、今までなかった……」
「もう怒ってはいないよ、籽玉。 本当に……」
あやすように髪を撫でる手をもう一度振り払おうとして止め、籽玉は涙を零し続けながら琅玕をきっと睨み付ける。
「じゃあ何だって、いうの」
「……もう少し、考えてからにしようと思ってたんだけど……。 籽玉、少しだけ待て」
「ない」
「……だよね」
即答する籽玉に琅玕は苦笑を零しながら寝台から降りようとして、足の痛みに息を詰める。籽玉は首を振ってその肩を押し返した。
「駄目だよ、まだ動いちゃ」
「ん……じゃあ籽玉、おいで」
「?」
腕を引かれるまま靴を脱いで寝台に上がると、上体を起こした琅玕を跨ぐように脚の上へと座らされた。握られた右手を一瞥して、涙の止まった怪訝な瞳で琅玕を見遣る。
「な、何……?」
「……好きだ、籽玉」
「唵? ……何だい急に、らしくない……そりゃぼくも好き……」
琅玕の右手が籽玉の頬に触れ、親指で小さな唇を撫でるように軽く押して言葉の続きを遮る。くすぐったいようなその感触にぴくりと籽玉の肩が揺れた。
「愛してる」
籽玉は大きな釣り目を一層大きく見開いて、琅玕の真っ直ぐに射抜く眼差しを受け止める。同じ形の瞳同士で暫し見つめ合ううち、籽玉の滑らかな頬は、右側に浮かぶ薄翠色の痣が見えなくなるほど真っ赤に染まった。
「こ、こんな時に言われたら変な意味に受け取っちゃうじゃない……っ」
誤魔化すように笑おうとしてうまく表情が作れず、口元を左袖で隠してついと瞳を逸らした。
「……籽玉がおれの前でアスカに触れるたびに妬いた。 アスカの上で寝ているのを見た時、アスカを組み敷いていた時、嫉妬でどうにかなりそうだった」
静かに語り始める琅玕に、籽玉はそっと視線を戻す。
「今までも妬いたことは何度もある……けど、籽玉がおれ以外にあんなに心を許すなんて、べたべたとくっつく事なんて殆どなかっただろ? それでわかった。 おれの籽玉への気持ちは、家族に対する愛情だけじゃない」
籽玉は袖の内側できゅっと唇を噛む。それを見透かして宥めるように、手を握る琅玕の指の力が増した。
「おれは籽玉に触れたい。 籽玉のすべてが欲しい。 ……愛してるよ、籽玉」
再び潤み始めた瞳で琅玕をじとりと睨む。
「す、すべてって何さ……や、やっ……やらしい事でもしたいの?」
「それもしたい」
「っ……」
琅玕は恥じらいひとつなくはっきりと頷いた。籽玉の頬がこれ以上なく、まるで牡丹の花のように赤く染まり上がる。
「おれのものに……おれだけの籽玉に……なってほしい」
「…………ぼ、く……その……」
籽玉は小さく喉を鳴らし、口元から袖を外す。胸の前で袖口ごときゅ、と手を握って、眉を下げたままことんと小首を傾げた。
「いい……よ?」
「籽玉」
「……琅玕のものになるの……ぼく、嫌じゃないよ……。 だって、琅玕はぼくのだもん……ずっと昔から……ううん、生まれた時からぼくのものだもん。 ぼくだって……」
ふたつの翠玉からほろほろとひと粒ずつ雫を溢し、籽玉はそっと微笑んだ。顔を近付け、琅玕の左頬に浮かぶ、自分と揃いの薄橙の痣に口付ける。
「……愛你」
耳元に寄せた薄桃の唇から紡がれた微かな声に、琅玕は顔を綻ばせて笑った。
「愛你、籽玉」
籽玉の体を引き寄せ、背中に腕を回して、愛おしそうに強く強く抱き締める。