:: RM>>14-03




 壁の方を向いて体を丸めた状態で目が覚めた。部屋の中が薄暗い。いつの間に眠ってしまったのだろうかと考えようとしてもうまく頭が回らなかった。怠くて、寒くて、目眩がする。
 少しだけ目を開けて浅い呼吸を繰り返すうち、暗い室内が光量の小さい灯りで照らされているようだと気が付く。紙を擦る微かな音。発熱のせいか節々が軋む体に鞭打つような心地で、ようやくごろりと寝返りを打った。
 視線を上げたエティと目が合い、彼の手の中でぱたりと本が閉じられる。

 「具合は……まだ優れないようだな」
 「……ハイ……」

 低く掠れた声に咳を払っていると、ピッチャーからグラスへ注いだ水を差し出された。背中側に肘を付いて体を起こし、受け取ったグラスに口を付ける。酷く腫れているのだろう、飲み込む喉に焼けるような痛みが走って顔を顰めた。頭痛と目眩も激しく、エティへグラスを返してそのまま布団に沈み込んだ。ゴホゴホと濡れた咳をして、掠れた息を吐く。
 風邪の症状は多くの場合夜間にぐっと強まるものとはいえ、昼間より随分と悪化しているように思えて少し不安に駆られる。季節の変わり目に度々ひくが、これほどまで悪くなるのは久しく覚えがなかった。

 「……酷いな。 籽玉が、魔力のバランスが崩れたぶん暫くは体調を崩しやすいだろうと言っていたが……」
 「籽玉、来たんですか……?」
 「昼間顔を出したがここへは通していない。 ……琅玕もマシシも心配していた」
 「そ、ですか……早く治さなきゃな……っ」

 再び咳っぽさが込み上げてきて、反射的に一度体を起こすほど激しく咳き込む。エティに背中を擦られながらゲホゲホとやって、ようやく収まる頃には目尻に涙が滲んでいた。突然負荷のかかった肋骨が軋むように痛む。

 「物は食べられそうか」
 「ちょっと……食欲ないです……」

 昼間飲まされた薬効が切れて目が覚めたのかもしれないと思うほどの症状だが、なにか食べなければならないなら薬は飲まなくていいと思うほど、食べ物を思い浮かべると胸の辺りがぐるぐるとして気持ちが悪くなる。エティの手作りの粥自体は魅力的だったが、惜しみつつ首を横に振った。

 「眠れそうなら寝ろ」

 軽く肩を押されて布団に横たえられ、肩まで掛布が引き上げられる。
 あつい。のに、さむい。絶えず背筋へぞわぞわと悪寒が這い登ってくる感触が堪らなく気持ち悪い。椅子に戻ったエティのほうへ顔を向け、譫言のように口を開く。

 「……エティさん……この間も傍にいてくれましたよね……」

 返事はなく、エティは本を膝に置き、表紙を開いて視線を落とし始めた。

 「エティさんは、どうしてそんなに俺に優しくしてくれるんですか」
 「しているつもりはない」

 それでも重ねた質問に短く返すエティの目線は本へ注がれたままだが、アスカが気管支の苦しさに息を洩らすとついと目を上げて伺ってくる。ぼやける視界の中でもそれを確りと捉えたアスカは、泣きそうに顔を歪めて笑った。
 絶えず頭の中がぐるぐる混ぜられているせいで、溢れ出るような熱を持った気持ちへ蓋をするものが見つからない。

 「優しいですよ……顔には出ないけど……。 そんなに優しくされたら、俺……」

 気怠さが、熱が、眩暈が、思考する力を奪い去っていく。
 エティは言葉の続きを訪ねる事はせず、腕を伸ばして白い手のひらでアスカの両目を覆い、そっと瞼を閉じさせた。

 「……もう寝ろ」

 自分への言い訳や凝り固まった常識が全て取り払われた後に残ったのは、心の底で煌く純粋な気持ち。
 目を閉じたまま力の入らない手でエティの手を取り、拙い動作で指と指とを絡めた。休息を欲する体が意識を深く沈み込ませていく。
 落ちゆく意識の中で、ようやく気付いた答え。




 ああ、俺、エティさんのこと、




 好きなんだ。




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