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 あつい。

 アスカは椅子に浅く腰掛け、自分の腕を枕にしてカウンターへ突っ伏しながら、机上の時計をぼんやりと眺めていた。曲がりなりにも自分はレジを任された店員なのだから、ずっとこんな体勢でいてはいけない。鈍い思考回路でそう自分を叱咤してはいるのに、体のほうは腕ごと机に貼り付いてしまったかのように全く持ち上がらなかった。気力もなければ体力もない。物音ひとつない静かなエントランスで、妙に深い自分の呼吸が少し耳障りだ。
 二日前の雪遊びの後からずっと詰まりっぱなしの鼻を啜る。怠さのあまり目を瞑ると心なしか頭痛までする気がして、ふいーと細く長く息を吐いた。
 間違いなく風邪だ。いきなり症状の酷い風邪をひいて帰れば家の人間が驚くかもしれないと一瞬心配になったが、幸いな事に幸いな事にもう冬休み、朝から家を出て星ノ宮へ赴いているため次に帰宅するのはあと四日後でよい。それまでに治さないと、とは思うものの、今朝から少し食欲が落ちている事実とこの怠さからして、これからもっと悪くなるのかもしれないと気が重く感じる。
 にしてもあつい。ぐるぐる、する。

 「アスカ!」

 不意に肩を強く揺すられ、のろのろした動作で顔を反対側へ向けると、濃紺の上着が視界を塞いでいた。すぐ近くに立つ見知った相手をカウンターに突っ伏したまま見上げて、へらりと笑みかける。

 「……琅玕……エティさんに郵便?」
 「アスカ……顔が真っ赤だ……」
 「ん、風邪ひいたかもしんない……」

 琅玕は失礼、と短く断ってからアスカのシャツの襟元に手を差し入れて首筋に甲を当てる。無表情のまま箒をカウンターに立て掛け、その横に下ろした鞄を置いた。

 「エティはどちらに?」
 「奥で本の整頓してるよ……? 琅玕? ろっ……うわッ」

 背中と膝の裏に腕を入れて椅子から掬い上げるように抱き起こされ、アスカは小さく悲鳴を上げた。琅玕の腕で軽々と横抱きに、所謂お姫様抱っこの形になり、ただでさえ赤らんだ顔面へ更に熱が上ってくる。

 「ちょ、ちょ、琅玕っ?」
 「アスカ、危ないからじっとして」
 「は、ハイ……」

 目を白黒させながらわたわたと体を捩ると琅玕から諭すように注意されて、自分の体の前に乙女のごとく腕を寄せ大人しくする。
 琅玕はアスカを抱いたままダイニングへの扉を器用に開き、リビングを通って二階へと上がっていく。触れる場所があつい。至近距離から見上げる顔は普段通りの澄ました無表情だったが、その早足からは急いている様子が伺えた。
 アスカの部屋はどこかと聞かれて自室を指すと、扉を開け放ってベッドの上に寝かされ、ブーツを脱がそうと脚に手を掛けられる。

 「じ、自分でできるってぇ」

 慌てて琅玕を制してブーツを両足から外してベッド脇に置き、ついでにブレザーも脱いで枕元へ放った。

 「そのまま安静に」

 琅玕は掛布をアスカの肩まで引き上げると、そう言い残して部屋から出て行った。開け放したままの扉から足早に階段を降りる音が聞こえてくる。
 アスカは手の甲を額にやって、頭の中をぐちゃぐちゃと掻き回し続ける目眩感にそっと瞳を伏した。



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