「何を作るかだけど……」
「ちんじゃおろーすー!」
籽玉が挙手しながら大声で入れた横槍にアスカが戸惑って琅玕を見遣ると、彼は黙ったまま首を横に振ったため、そのまま流して会話を進める事にする。
「普段スープばっかり食べてるし、あんまりこってりしたものはアレかなぁ」
「ゆーりんちー!」
「それでいて初心者向けの物……」
アスカと琅玕は揃って腕を組み、暫し思量する。料理の経験など無いに等しいアスカの頭の中には、米を炊いて味噌汁と卵焼きを付け合せるという中学での調理実習の献立しか浮かんで来ず、眉間に皺を寄せて傾げた首の角度を深くするばかりだった。
「何か作」
「かんしゃおしゃーれん!」
「……作りたい物はないのか?」
言葉を重ねる籽玉にくいくいと袖を引かれながら琅玕が問う。
「うーん……中華っつったらそうだなぁ……麻婆とか?麻婆豆腐、俺結構好き」
「……いいかもしれないな……」
「マジか! 俺でも作れる?」
琅玕は右上の宙へ彷徨わせていた視線を戻し、腕組みを解いてアスカへ頷く。
「ああ。 それと沙拉にし」
「ふぉーてぃやおちぁん!!」
「え、何だって? しゃーらー……?」
「やんやんやんやん!! 食べたいのー!!」
声色が徐々に不機嫌そうなものへと傾いていた籽玉がとうとう喚き出し、琅玕の袖を両手で掴んで相手の体ごと強く前後へ揺らし始めた。琅玕はがくがくと揺さぶられながら籽玉の頭に手を伸ばして髪を撫でる。
「今日の夕飯にしよう」
それを聞いた籽玉は琅玕を揺する手を止め、ぷくりと頬を膨らませながら今度は弱く袖を引く。
「全部だよ!? ぼくの事無視したから全部じゃなきゃ許してあげない!」
「作るのは構わないけど食べ切らないだろ? 今晩は何がいい?」
「……水餃子。 海老のじゃなくてお肉のやつがいい……」
「わかった」
琅玕が穏やかに微笑みながら髪をそっと梳くと、籽玉はようやくご満悦の笑顔で琅玕を見つめ返した。
アスカはその画と一連のやりとりに強い既視感を覚えながら、顔に呆れたような羨ましいような複雑な気分を半笑いにして浮かべて眺める。
「まずは材料の買い出しからだ」
「アスカを連れて行くより琅玕ひとりで行ったほうが箒も速いし買うのも早いんじゃない? 市場の勝手はもうわかってるようだし、そこは割愛したらいいじゃない」
「……でも」
「ぼくお腹が空いてるの。 早く夕飯が食べたいな。 ……ね、琅玕?」
甘えの色濃い声音とは裏腹に、上目遣いで琅玕を見つめるその瞳はやけに強気だった。琅玕はひとつ息を吐き、観念したように頷いた。
「……わかった……。 念のため、エティにも夕飯の事で連絡をしておく」
「連絡? ああ梨山でか。 ていうか俺も行くよ、俺が使う材料買うんだから」
「やんやん! アスカはいいのー! ここにいてぼくとお話するの! ね?」
籽玉が琅玕から離した両手をしっかりとアスカの腕へ絡めて引き止めた。アスカは無言で戸口の脇に掛けられていた上着を羽織る琅玕と、うっとりと笑みながら肩に頬を擦り付けてくる籽玉とを交互に見遣る。
「でも……」
「構わない、うちの今晩の買い物もまだなんだ。 ……籽玉、いい子で留守番してるんだよ」
「好的! いってらっしゃあい」
いい子で、の部分がほんの少しだけ強調されている事に気付いているのかいないのか、籽玉は箒を手に取って自分を振り返る琅玕へ満面の笑みを投げかけた。