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 高い天井を覆う天窓から差し込んだ麗らかな日差しが、時折ガラスのステップで散りながら店内へ柔らかく降り注ぐ昼下がりの薬屋。
 客人は出された紅茶に口を付ける暇もなく語り続け、店主は店中央に吊るされた卵形の椅子から動かず、時折頷いたり相槌を返したりしながら、口を挟むでもなく話を聞き続けていた。

 「……てなわけで、料理を覚えたいんだよ!」

 客人――アスカは力説をそう締め括った。彼が自分の体の前で握った拳をぱちくりと眺めながら、シイラは小さく首を傾げる。額を横切る三つ編みに押さえられた長い前髪が僅かに揺れた。

 「……あすかが?」
 「そ! シイラさ、エティさんと付き合い長いんだろ? 何かエティさんの好きな食べ物とか知らないか?」

 やたらとハイになったアスカに食い気味に尋ねられ、シイラは首の傾きを深くして、とろりとした瞳を思案に彷徨わせ始める。

 「えてぃのすきなたべもの……あらためてきかれるとおもいつかないものだねーぇ……? すききらいじたいがあまりなくて、だされればなんでもたべてたっけぇ……ただおにくのたぐいはそこまですかないんじゃなかったかなーぁ?」
 「何かないの? よく食べてたものとか……ん? てか、エティさんて昔はちゃんと食べてたの? って事は、何か食べなくなった原因があったりとか?」

 間髪入れずに飛んでくる質問のひとつひとつに、シイラはゆっくりと首を横に振った。

 「……わたしのくちからかってにむかしのことをはなすのは、さすがにはばかられるかなぁ」
 「そうかもしんないけど、そこを何とか! 俺本気で心配なんだよ、エティさんの事」
 「けどね、あすか……」

 シイラは笑顔を困ったようなものにしつつも、顔の前で手のひらを合わせて懇願するアスカを諭すように言葉を続ける。

 「わたしたちもしんぱいしてないわけじゃないしね、そのきもちはよくわかるけど……それでも、あんまりかるくはなせることじゃないよぉ」
 「えー……シイラ何か知ってるんだろ? 頼むよ教えてくれよ、俺ほんとに」
 「おれおれって……あすかはそればっかりだねーぇ?」

 尚も食い下がるアスカに、シイラの語気へとうとう険が混ざり始める。

 「し、シイラ…?」

 室内の空気ごと、ぴし、と表情を凍り付かせながら、アスカは首を少し下げて上目遣いに相手の顔色を伺った。シイラはその柔らかな笑顔こそ保ったままだが瞳だけは一切笑わず、アスカを射抜くように真っ直ぐと見つめてくる。
 竦み上がるアスカをよそに、小さな唇が、ゆっくりと開いた。

 「えてぃにそういうことをきいてもこたえないだろうからってわたしにききにきたのはいいはんだんだとはおもうけど、ひとのことでやすやすとはなせないことだってあるのもわからないほどおこさまなのーぉ? それにそんなにおれおれいうならちょっとはじぶんでどりょくしたらどうかなーぁ? したのーぉ? してないよねーぇ? だいたいえてぃのこうぶつをきくまえにあなたはりょうりのきほんすらできないんじゃないのーぉ? まったくのしょしんしゃがとつぜんきっちんでりょうりしはじめたらさすがのえてぃもきになるのわからないのかなーぁ? えてぃのためにがんばりたいってあつくなるのはいいけど、きちんとじぶんのあたまでかんがえたりしないとただのおしつけにしかならないの、ちょっとかんがえてみればわかるよねーぇ? あすかがそれすらもわからないようなおばかさんだったら、もうわたしからいうことはなにもないけどねーぇ?」

 浮かべていた引きつり笑いは長台詞を聞くうちに自然と失せていき、やがてアスカは膝上で握った両拳に視線を遣りながら俯いていた。

 「……言ってることわかります……すいません……」
 「こんろもつけられるかわからないんでしょーぉ?」
 「……やった事ない……やるなって言われてる……」

 ふぅ、と小さくシイラが溜息をついた。言われた言葉の一つ一つがアスカの頭の中でぐるぐると渦巻いて、うまく言葉が出て来ずに黙りこくってしまい、室内に重苦しい沈黙が垂れ込める。

 「……わたしがみてあげられればいいんだけど……」
 「え?」

 独り事のようにぽつりと呟くのを聞き取ってアスカが顔を向けると、シイラは右手を頬に当てて何かを思案している様子だった。黙って見つめているとやがてついと顔を上げ、元の柔らかい笑顔をアスカへ向ける。

 「そういえばさっきろうかんがはいたつにきてねぇ」
 「琅玕?」
 「すこしはなしたんだけど、きょうははやめにしごとがおわるっていってたよぉ。 ろうかんのいえでこんろがつかえるかためさせてもらったらどうかなーぁ? どうするにも、まずつかえるかためさないことにはすすまないでしょーぉ?」



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