「ただいまー。 お、シイラ今来たとこ?」
「こんにちは、ちょうどいまおじゃましたのぉ」
ダイニングの入り口に立っていたシイラが、ドアの音に振り向いてアスカへ微笑みかけた。
琅玕がキッチンの床に鞄を置くと、ずしゃりと重い音が響いた。鞄から買い物袋や中華鍋やらをひょいひょいと取り出しては調理台に置いていくのをシイラが覗き込む。
「ろうかんひとりじゃたいへんじゃなーぃ? わたしもてつだえたらよかったんだけど……」
「大丈夫です」
「……俺がやる」
エティが本を閉じて揺り椅子を降り、腕まくりしながら琅玕の隣に立った。琅玕は困ったように眉を下げて首を横に振った。
「貴方の手を煩わせるわけには」
「構わん。 何をすればいい」
「恐縮です……それじゃあ……」
遠慮がちにエティへ指示を出す琅玕の様子を、ダイニングの椅子に座ってテーブルに頬杖をつく籽玉が眺めてにまにまと笑む。
「そうだよねえ、アスカの歓迎会も兼ねてるんだもの、エティも腕を振るわなくちゃね」
「え、エティさん!! 俺嬉しいですッ琅玕の飯美味いけどそこにエティさんの愛が篭もれば百万倍イデッ」
アスカが両腕を広げてエティへ抱きつこうと迫り、相手が手早く手繰り寄せた本の表紙で思いきり頭を殴られる。
「躊躇いなく愛とか言うからぼく怖いと思うよ」
「同感」
独り言のような籽玉の呟きに、マシシが短く応えて頷いた。
額を擦りながら顔を上げたアスカが、隣で自分を仰いでじっと見つめるシイラに気が付く。
「シイラどした? 何か付いてるか?」
「ううん、えてぃがたのしそうでよかったなぁっておもったのぉ」
目が合うと、シイラがにこにこと微笑んだ。相変わらずの仏頂面で琅玕を手伝うエティの横顔を盗み見て、アスカは首を捻る。
「エティさん楽しそうなの? そうなんだ……ひゃあなんれおれのほっへつねふんあ?」
「ふふ」
シイラは柔らかな笑顔を浮かべたまま右手を伸ばして、小さな手でアスカの頬を掴みぎりぎりと抓る。
「いひゃいいひゃいっへえ」
「おい、今から飯作るんじゃ時間かかんだろ、あっちで待ってよーぜ」
「いーひゃーいー!!」
マシシがそう提案しながらアスカの反対側の頬を引っ張る。シイラが手を離し、アスカはそのままマシシに頬を引かれてリビングまで連行された。
「いってぇ……きっと頬っぺた伸びたぜ……」
「少しは男前になるんじゃなあい?」
両頬を擦ってぼやきつつソファに座ると、隣に腰を落とした籽玉がきゃはきゃはと笑う。二人の向かいに並んで座るマシシとシイラの姿を見て、アスカはついさっき籽玉が語った二人の関係を思い返すが、口に出すのは野暮かもしれないとそっと心に仕舞っておく事にした。
「たしかに、あすかはひょうじょうにしまりがないよねーぇ? まだわかいからなのかなーぁ? かおじたいはととのってるほうだとはおもうけどぉ」
「そ? ぼくは琅玕の方が断然格好いいと思うけれど。 シイラの好みってこういう顔なのかい?」
「ううん、ぜんぜん。 まったくこのみじゃないよぉ」
笑顔でゆっくり右手を振るシイラに、アスカは痛みの引いた頬から手を離して唇を尖らせる。
「あのなぁ、そういう話本人の前ですんのやめろよ……わかっててもヘコむだろ」
今までエティの容姿以外をさほど気に留めなかったのだが、五人を纏めて目の前にすると、その見目の整いぶりに気付かされる。この世界の人々の美的感覚が己と共通なのかアスカにはわからないが、少なくとも自分の育った世界でいえばそれぞれ美少年に分類されるであろう顔ぶれにそんな話題を出されると、よく自覚している自分の顔の平凡さが気にかかってしまうのだ。
「大丈夫だよ、ぼくらはともかくアスカはエティの好みの顔だから」
「そうなの!? えっ!? マジで!?」
やさぐれてソファに体を投げ出していたアスカが唐突に高揚し、勢いよく体を起こして籽玉の両肩を掴む。
「やん大胆。 アスカがそうだねえ……もう幾分しゃきっとして大人で凛々しい精悍な顔してたらきっと多分恐らくね」
「……それ俺の顔じゃなくね?」
アスカは真顔に戻り、籽玉の肩から手を離した。