「ただいまー」
外扉を開けながらアスカが声を掛けると、カウンターに座っていたエティが手元の本をばたりと閉じた。音を立てて本を机上に置きながら立ち上がり、アスカとマシシを交互にひと睨みしてから無言で奥の扉を開く。先にアスカとマシシをダイニングに入れて後ろ手に扉を閉めた。
「座れ。 ……誰が椅子と言った」
「えっ……あの、エティさん……?」
椅子に座ろうとして咎められ、舌打ちしたマシシがダイニングの床にどかりと胡坐をかくのを見て、アスカもおずおずとその隣に正座する。アスカは縋るような目をエティに向けるが、冷たい光の宿る瞳に一蹴される。
「脚」
「……チッ。 シイラかよ……」
何時にも増して低い声で呟かれた叱責に大きく舌を打ち、マシシも脚を正して正座する。
「わかっているんだろうな」
「えと、あの……廟に行った事……ですか?」
エティが腕を組んで二人の前に立ち、ゆっくりと頷いた。
「でも何でエティさんが知って……?」
「伝書烏……」
「え?」
ボソリとマシシが呟いた。アスカが聞き返すのを無視して、エティに向かい食って掛かる。
「別にいーじゃねーかよ、ナンも知らねーコイツにちょっと見せたってナンも困りゃしねーだろ」
「だから何だ。 勝手な行動を許す理由にはならない」
「はっ、オレにはアンタの言う事聞かなきゃならねー理由はもう無い筈だけど?」
「廟を管理しているのは俺だ。 勝手に立ち入るなと言っているんだから、それには従って貰う」
「……」
マシシの怒鳴る寸前のような強い口調に、それを圧し潰すような落ち着き払った低い声。睨み合う二人の間に流れる険悪な空気を払うように、アスカが横から口を挟む。
「エティさん、俺が見たいって言ったからマシシと籽玉は見せてくれようとしたんです。 だから……」
「お前はそうやって!」
「エティ……さん?」
「っ……何でもない」
自分に向かって一瞬声を荒げかけたエティにアスカは目を瞠った。何かを押し殺すように、或いはアスカの瞳から逃れるようにエティは視線を逸らす。
「基柱石の話も聞いたな」
「は、はい」
「あんだよ、それこそ責められる謂れねーぞ。 口止めされてたわけでなし」
「……勝手にしろ」
エティがゆるく首を振って二人に背中を向ける。マシシが立ち上がってズボンの塵を手で払うのに倣い、アスカも立ち上がった。
扉を開けて店内に戻ろうとする背中にマシシが声を掛けて引き止める。
「こないだの件の追加報告。 昼飯食いながらでも」
「……飯があるとでも思ってるのか」
「「え」」
首だけ向けてエティがじろりと二人を睨み、アスカとマシシの引き攣った短い声が重なった。
「今日はもう外には出さないし、勝手に台所を使うのも許さん。 家主は俺だ、文句も言わせない。 せいぜい腹を空かせてろ」
「「ええええーーーーーーッッ!?」」
エティは大音量の抗議の声を扉を閉めて遮った。二人きりになったダイニングで、呆然としながらアスカとマシシはゆっくりと顔を見合わせ、せつなく鳴いた腹の虫と共に大きく息を吸い込む。
「お前らのせいだあああ!!!」
「てめーが見たいとか言いやがったせいだろがあああ!!」