二人に連れられるまま道を戻り、十字路を真っ直ぐに抜けた後に市場とは反対側の道を行くと、程なく深い森の中の道へ分け入った。途中からうねる上り坂に差し掛かったにも関わらず速いペースで歩き続けるマシシの後ろを付いていく。
「この丘の上が星ノ宮で一番高い場所で、そいつ曰く一番魔力の集まりがいいんだとさ。 つっても見ての通りの森だし、眺めもへったくれもないんだけどな」
マシシがアスカの更に後ろを歩く籽玉を指さして言った。ぜえぜえと肩で息をしてふらふら歩く籽玉を振り向いてアスカは苦笑する。時間にしてみれば古書店から十五分程度しか歩いていないが、なかなか坂の勾配がきつく、いつの間にかアスカの息も弾んでいた。
そのまま視線を後方へ遣る。結構な高さまで登ってきただろうが、マシシの言葉通り高い木々が視界を遮ってしまっていて、町の景色などは殆ど伺えなさそうだ。
「んで、これが廟」
前を向くと、坂の終わりで立ち止まったマシシが前方の建物を指していた。
屋根まで白い尖塔を持った、白亜の教会のような大きな建物。丘の上の開けたスペースの中央に、陽の光をきらきらと照り返して静かに佇んでいる。
「こん中に基柱石が安置されて、再び体を取り戻す日を待ってるってわけよ」
マシシは建物に近寄り、アスカの身長の倍はありそうなほど大きな観音開きの中央に開いた鍵穴を指先でなぞりながら、逆の手で紐の巻かれた革の巻物のような物を宙から取り出す。
「さぁて、開くかな……」
くるくると紐を外して広げられた革をアスカが後ろから覗き込み、ぎょっとする。等間隔に並んで収められているのは、先端の形がそれぞれ違う十本ほどの細い金属製の棒。それらは所謂ピッキング道具に違わないだろう。
「何でそんな物持ってるんだよ!?」
「旅先じゃ色々と入り用なんだよ。 細けー事言いっこナシだぜ」
「まさか外で窃盗とかしてんじゃないだろな……」
マシシは涼しい顔で口笛を吹きながら、慣れた手つきで金属棒を鍵穴に捻じ込んでいく。
あれこれと組み合わせを試しているうち、ようやく体力の戻ったらしい籽玉が扉に手を触れながら口を開いた。
「この扉、かなり厳重に魔法がかかっているからね……」
「そ、そんなの勝手にこじ開けて平気なのか?」
「やだなぁぼくたち何も盗もうってわけじゃないんだから、ちょっと見たら元通りにして退散すればいいだけの事さ」
大したことではない、という口ぶりの割に表情は目を細めにやりとしていて、それが余計にアスカの不安を煽る。籽玉は笑い返せないアスカににっこりとしてから、マシシの道具に手を伸ばした。
「マシシ、まだ? ちょっとお貸しよ」
「やめろっつの! オレが開けられない扉をくっそ不器用なおめーが開けられるわけねーだろ!」
マシシがぱちんと籽玉の手の甲を叩き、手首を掴んで振り払った。籽玉は頬を膨らませ、むきになってマシシの手から道具を奪い取ろうとする。
「ぼく不器用じゃないもん!!」
「昔勝手に茶ぁ淹れようとしてシイラのポットぶっ壊したの誰だよ! あん時オレ達まで巻き添えで説教食らったんだからな!」
「あれはぼくが悪いんじゃなくって、あ」
「何してるの?」
突然聞こえたもう一人ぶんの声。三人はぎくりと体を跳ねさせ、ぎしぎしと首から音が鳴りそうなほどゆっくりと時間をかけて振り向いた。
アスカの背後、頭上よりも幾らか高いところで、琅玕が箒の上に立って無表情に三人を見下ろしている。
「琅玕! もうお仕事終わったの?」
「……終わってないよ」
籽玉がほっとした顔で手を振ると、琅玕は箒から飛び降りて地面に降り立った。マシシの手元を一瞥し、僅かに目許を険しくする。
「此処には立ち入らないよう言われているはずだろ?」
「えっそうなの」
焦るアスカに琅玕はこくりと頷いた。その横から勢いよく籽玉が抱き付くのを、よろけるでもなく受け止める。
「やん琅玕、そんなに怒っちゃやだぁ」
「怒ってはいないけど……」
尚も咎める視線を向けられ続けたマシシは観念して両手を挙げ、わかったわかった、と立ち上がって道具を仕舞う。
「これでいんだろ。 どーせ開きそうにもねーし」
琅玕はもう一度こくりと頷くが、無表情に戻った目線をマシシから剥がさずに口を開く。
「マシシ、左肘どうし」
「ッッだあああああもう何でもねーーーつのどいつもこいつも!!!!」
「……? そうか」
琅玕は突然顔を真っ赤にして激昂したマシシに少し首を傾げはしたものの、それ以上追求することもなく、箒の柄を伸ばして宙に浮かべて飛び乗った。
「行くよ、籽玉」
「はーい。 それじゃ二人とも、再見」
素直に横座った籽玉を乗せて箒が飛び去るのを見届けて、マシシは怪訝な顔で口元に手を遣る。
「……やけにあっさり帰ったな……まあいいや、腹減ったしオレ達も戻ろうぜ。 もうじき昼だし、エティも飯作って待ってんだろ」
取り出した懐中時計に目を落とし、文句のひとつふたつ言いたそうなアスカの口を塞ぐようにマシシが言った。