早足で道を戻るマシシに追いついて、アスカはちらりと薬屋を振り返る。
「何であんな言い方するんだよ? シイラが嫌いって訳じゃないんだろ?」
「別に嫌いじゃねーけど……苦手なんだよ」
きまり悪そうに右手でがしがしと頭を掻きながらの呟きにアスカは首を傾げた。
「苦手ねえ……」
「……」
口を噤んだマシシにそれ以上質問を重ねるのは止めにして進行方向を見遣ると、十字路の真ん中で立ち止まる少年が此方に向けて長い袖ごとぱたぱたと手を振った。
傍まで近寄ると口元に袖を当て、何がおかしいのかくすくす笑いながら白い髪を揺らして見上げてくる。
「やあアスカ、奇遇だこと」
「籽玉。 偶然だな、どっか行くのか?」
「退屈凌ぎにちょっと散歩でもと思ってね。 いい暇つぶしが現れてくれて嬉しいよ」
「っつうか騙されてんなよ、どー見ても単なる待ち伏せだろォが」
呆れ混じりに横槍を入れるマシシを一瞥した籽玉の笑みがからかいの色を帯びる。
「咄咄! マシシ、左肘にシイラの軟膏でも塗って貰ったのかい?」
「……るせー」
顔を顰めて視線を逸らすマシシを見て籽玉はしてやったりとばかりに口角を引き上げた。
「わかるのか?」
「シイラの薬には魔力が込められているからねえ。 ぼくには見たらわかるってわけ」
「なるほどなぁ……マシシの魔法が空間で籽玉の魔法が占い、シイラのは薬作る魔法、って事か」
「必ずしも一人ひとつしか魔法を持っていないわけでもないけれどね、そんなところかな。 それで?シイラの所に行ってきて、今から古書店に戻るのかい?」
籽玉が勝手に話題を変え、いつも通りの表情に戻ったマシシに問うた。
「うんにゃ、その前に本題。 着きゃわかる」
マシシは首を振って十字路を右手に折れたが、そちらの方向には古書店しかない。アスカと籽玉はマシシの後ろを歩きながら顔を見合わせた。
「籽玉、今日は占いの仕事休みなのか?」
「休みも何も滅多にお客を取らないもの。 前に言ったでしょ、ぼくはお客を選ぶのさ」
「金払いのいい客な」
何故か誇らしげに胸を張る籽玉へ、マシシが背中を向けたまま水をさす。
「おや人聞きの悪い事を。 マシシと一緒にしないでよね」
「お前こそ誤解招く事言うんじゃねーよ! オレ様は貧富問わず平等に商売してるっつーの。 取れるところからはガッポリ取る主義なだけ」
振り返ったマシシが、これまた誇れる内容でもないというのに胸を張った。籽玉が口元を袖で隠し、おおいやだ、と呟いてわざとらしく眉根を寄せる。
「どこが平等なんだか。 守銭奴」
「何とでも言え、引き篭もり」
鼻で笑って事も無げに返された言葉に、袖を外した籽玉が頬を膨らませた。
そうこうしているうちに古書店の前を通り過ぎて裏手に回る。抜け穴のすぐ前まで近寄ったマシシが宙に右手を翳し、丸みのあるカンテラ型のランプを一つ取り出してアスカに持たせる。
「はい持って。 点けて、消して、点けて、消して」
「お? おっ?」
「よし、使えんな」
アスカは言われるまま自分のランプにするのと同じように魔力を注ぎ、青白い光を灯らせてすぐに消してを繰り返す。頷いたマシシが親指でびしっと抜け穴の向こうを指した。
「ちょっくらそれ持って元の世界戻って、点けられるか確かめてきてくれや。 もしナンかあってぶっ壊したら代金はお前持ちだからそこんとこ宜しくな」
「は!? 何で!? 何のためにっていうか何で俺持ち!? えっ!?」
ランプとマシシと抜け穴とをぐるぐる見回すアスカの肩のそれぞれをマシシと籽玉が掴み、ぐりんと抜け穴の方へ体を向けさせる。
「いーからさっさと」
「行ってらっしゃ~い」
「わぶっ!!」
二人分の力で背中を押されてアスカは頭から茂みに突っ込んだ。咄嗟に顔を腕で覆ったものの、いくつか軽い引っ掻き傷を負うのを感じる。反対側に抜けて躓きかける体をなんとか持ち直し、涼しい顔で手を振るマシシと籽玉を恨めしそうに一度振り返ってから小道を歩く。
「哦哦……本当に消えるみたいにいなくなるんだねえ」
アスカの背中が消えるのを見届け、垣根の葉を指で弄びながら言う籽玉の横顔をマシシが一瞥した。
「……お前も大概面の皮厚いよな」
「何だい心外だね。 嘘はついていないでしょ」
籽玉は澄まし顔のまま、ぷちりと葉を千切って地面に落とす。
「本当の事も言っていないけれど」