:: RM>>07-02




 雲ひとつない晴天だが冷え込んだ朝。雪でも降るんじゃないかと大げさに震えながら、先に外へ出ていたマシシに片手を挙げた。

 「で? 俺は何に付き合えばいいわけ?」
 「そうそう、ちと用事思い出した。 わりーけど本題の前に付き合ってくれや」
 「用事ぃ? もう出てきちゃったし別にいいけどさ……」

 口先だけの謝罪を重ねて悪びれた様子のないマシシを訝しがりながら、小道の方へ歩き出した隣を歩く。
 他愛のない会話をしつつ五分ほどで到着したのは、何度かエティに本の配達を頼まれたアスカには馴染みになりつつある白塗りの建物。

 「シイラんち?」

 マシシが暖簾を退けてがらりと引き戸を開けた。心なしか並ぶ薬の種類が変わったような気がして自販機を眺めてから、アスカも遅れて暖簾をかき分け店内を覗く。

 「……あすか。 こんにちはぁ」

 カウンター脇の上がり框に腰掛けたマシシの傍らに立つシイラが、アスカの姿に気が付いてふわりと笑んだ。アスカも軽く頭を下げて笑い返す。

 「おっす。 マシシ何やってんの?」

 マシシは左手のメモに視線を落として何事かをぶつぶつと呟きながら、虚空から小さな麻袋を幾つも取り出し続けていた。反応のないマシシに代わってシイラが口を開く。

 「まししには、いつもくすりのげんりょうのしいれをおねがいしてるのぉ。 たびからかえってきたらよってもらってるんだぁ」
 「へえー……。 マシシって、やっぱ魔法道具だけ扱ってる訳じゃないんだな」

 積み上げられていく麻袋を眺めながらアスカがベンチに腰掛けると、シイラも敲に降りてその隣にぴとりと座った。毎度本を届けるたびにこうして少しの世間話をするためアスカはもうすっかり慣れたものの、シイラは何が楽しくてこんなにくっつくのだろうかと疑問は抱いたままだ。
 ふとマシシがメモから顔を上げ、二人の姿を見て目を細めた。

 「……ナニくっついてんの?」
 「べつにーぃ?」
 「……」
 「……」

 ぴくりと片眉を跳ね上げたマシシに、シイラはいつもの柔らかい笑顔で返す。アスカは睨み合ったまま黙り込む二人を交互に見遣った。何か口を挟むべきか考えているうちに、マシシの方から視線を逸らしてまたメモに目を落とす。

 「……これで終い、と。 それといつもの毒瓶頼むわ」

 もう数個袋を取り出して指でぱちんとメモを弾き、紙片を右手で持ち直してシイラへ突き出した。それを見たシイラの笑顔が曇る。

 「……ましし? ひだりうでどうしたの?」
 「は? ナンもねーよ」

 シイラは立ち上がって受け取ったメモをカウンターの上に置き、框に上がってカウンターの裏から薬箱を取り出した。ばつが悪そうに顔を逸らすマシシの隣に座り込んで薬箱を開く。

 「うで。 だして」
 「……」

 マシシは小さく舌打ちして左腕のバングルを外し、二の腕まで袖を捲り上げた。露になった肘が見てすぐわかるほど赤く腫れている。

 「うわ、痛そー……」

 思わず声をあげたアスカにマシシは首を振った。

 「大した事ね……ッ痛って!!」
 「いみのないつよがりはやめなさいっていつもいつもいってるよねーぇ? おかねとったりしないんだから、けがしたならみせにきたらいいじゃない。 いまさらわたしにきょせいはったってどうしようもないのわからないのかなーぁ?」
  「〜〜ッ……!」
 「これだけはれさせて、どうしてたいしたことないなんていうのーぉ? ほら、いたいんじゃない。 ひょっとしてつよがるのがかっこいいとでもおもってるのかなーぁ? まさかそこまでおばかさんじゃないよねーぇ?」

 右手の親指で触診しながら次々紡ぎ出される言葉を、当人は聞いている余裕などなさそうだった。膝を握って俯き、患部を押される痛みをやり過ごしている。

 「し、シイラ。 程々にしてやって……」
 「あすかはだまっていてもらえる?」
 「……ハイ」

 見兼ねたアスカがベンチから腰を浮かせてシイラに声を掛けたが、鞭打つようにぴしゃりと叱責されてすごすごと元の位置に戻った。

 ごめんマシシ、俺じゃ助けられそうもない。

 アスカは内心でマシシに謝り、黙って目の前の二人を見守ることにする。柔い口調のままどうしてこうも効果的に叱る事ができるのだろうかと現実逃避するように考えながら。

 「けがしたばっかりじゃない……きょうかえってきたんだよねーぇ? またたびさきでなにかあったんじゃ」
 「ナンもねーって……ぶつけただけだっつの」
 「だったらどくはなにに」
 「だぁあもううるっせーな! アンタにゃ関係ねーだろ!!」

 苛立ちを隠そうともせず荒げた声で突き放す言葉に、肘に軟膏を塗るシイラの小さな手が一瞬止まった。
 そんな事言ったら十倍で返ってくるぞ、とはらはらしながら見守るアスカの予想に反し、シイラはそれ以上何も追及することはなく、黙って治療を続ける。
 たっぷり塗った軟膏の上からガーゼを貼り付けてくるくると包帯を巻いていく。右手だけを使う動作は少々ぎこちなく見えたが、手馴れているのだろう、最後に包帯止めを付ければぴたりと綺麗に巻き上がった。
 救急箱を元の場所へ仕舞い、床近くの薬箪笥から平たい缶とガーゼと包帯、それぞれ数個を取り出して紙袋に入れてマシシに手渡す。それとは別にカウンターの裏から紫色の液が入った小瓶をひとつ出し、同じように手渡した。

 「いつものどくびんと、なんこうのほうはおかねいらないからもっていってぇ」
 「……」

 マシシは笑顔を戻したシイラから顔を逸らしながら、受け取った物を空間に仕舞い込む。シイラがレジスターからトレーに用意した薬の原料代を数えて革袋に収め、数枚の硬貨を残したトレーを突き返した。
 硬貨を数えたシイラが首を傾げて笑う。

 「わたしがかってにちりょうしただけなんだからいらないよぉ。 どくびんのおだいだけで」
 「いーから取っとけよ! 借り作んの嫌だっていつも言ってんだろ」
 「……でも、」
 「あとこれ土産! ……じゃあな」

 ことごとく言葉を遮り、細長い紙箱をひとつ取り出して押し付けるようにシイラに渡すと、マシシは立ち上がって振り返りもせずに店を出て行ってしまう。アスカも追い掛けて店を出かけ、シイラを振り向く。
 箱を胸に抱いたまま少し俯いていたシイラが視線に気が付いて顔を上げ、アスカが何か言うより早く、またね、と囁いて微笑んだ。



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