:: RM>>06-04




 買い物袋の中から渡されたゴーグルとグラブを装備し、指示された通りに暖炉の口を板で塞ぐ。ブラシと数本のロッドを持たされ一度家の外へ回り、エティが支える梯子を登って屋根へ出た。ロッドを接続して長さを伸ばしながらブラシでがしがしと煙突内部の煤をこそげ落としていく。
 学校の掃除当番よりもずっと丁寧な仕事ぶりで煤を落としていると、道の向こうから馬のような動物が引く荷車で見知らぬ少年が薪を運んでくるのが見えた。アスカは手を止め、エティが薪屋を家の裏手の倉庫へ案内していくのを見下ろす。荷車に山積みになった薪は小さな倉庫の中にあっという間に収まり、少年はエティに深々と頭を下げてから空になった荷車と共に帰っていった。
 倉庫を閉めるエティが一度くしゃみをしたのを見てアスカは我に返り、さっきよりもスピードを上げてブラシを上下させる。ロッドを全て接続し終わると、丁度煙突が終わったような手応えを感じた。
 こんなもんだろうか、と一通り擦り終わって見下ろすと、エティは黙って頷いた。柄を元通り分解し、ブラシを叩いて梯子を降りる。

 「エティさん大丈夫ですか? 冷えました?」
 「少し。 ……お前こそ休憩しろ」

 部屋へ戻ると、暖炉の隣で煌々と焚かれたストーブが室内を暖気していた。アスカは一旦グラブを外し、コートとブレザーを脱いでソファに放り、シャツの腕を捲る。

 「あと煤を捨てるだけでしょ? やっちゃいますよ。 エティさんは当たっててください」

 ダイニングの椅子をストーブの近くまで運んで来て、エティの両肩を押して座らせる。グラブを嵌めて暖炉の口を塞いでいた板を外し、煙突から落とされた煤をスコップで掬って袋に詰めていく。

 「暖炉、ずっと使ってなかったんですか?」
 「ああ。 ……建てて暫くは使っていたんだが、ここ数年は放置していた」
 「その椅子も?」

 アスカの指した揺り椅子を一瞥してエティは頷いた。数年、と言ってもこの世界の暦をアスカの世界の暦に置き換えれば数十年は下らないのだろう。

 「建てた、って事は、エティさんってどこか他所から越してきたんですか?」
 「……ああ」

 エティの声のトーンが僅かに下がったが、炉室に上体を突っ込んでブラシで壁の煤を落とすアスカは気がつかないまま質問を続ける。

 「じゃあ別の街から来たんだ。 どんな所ですか? 星ノ宮とあんまり変わらな……」

 不意にばさばさと物音が聞こえて、アスカは炉室から出て音の方向を見た。揺り椅子に積み重なっていた本が床に雪崩を作っている。
 エティが椅子を立ち、手と魔法で本を拾い上げてリビングのローテーブルの上へ重ね直した。

 「……洗濯してくる。 部屋入るぞ」

 揺り椅子のブランケットを手に取り、ついでとばかりにアスカのコートも持ってエティは廊下へ出て行ってしまう。
 ひょっとしたら何か悪い事を訊いてしまったのだろうか。アスカは内省し、とにかく早く掃除を終わらせてしまおうと壁をブラシで擦り付けた。
 落とした煤を全て掬い終わった頃に丁度戻ってきたエティを向き、口を開こうとしたところで正面からじっと顔を見られて、出しかけた言葉が引っ込んだ。見詰め合ったまま黙っていると、呆れを滲ませながらエティが口を開く。

 「鼻に煤が付いてる」
 「え。 ……あっ」

 咄嗟にグラブのまま鼻を擦ってしまい、指先にたっぷり付いた煤を顔に塗りつけてしまう。エティは小さく息をつき、カーディガンの袖を伸ばして無造作にアスカの顔を拭った。

 「エティさ……、服が汚れちゃいますよ」

 慌てて右手のグラブを外してエティの手首を掴んで止める。すぐに振り払われるかと思ったが、エティはまた正面からアスカを凝視する。
 アスカはどこか驚いたふうにも見える紅い双眸を見つめ返しながら、今日はよく目の合う日だなあなどと感心した。ふと握った手首の華奢さに気が付き、関連して朝に触れそうなほど顔が近づいた事を思い出して、じわじわと気恥ずかしさが上ってくる。
 アスカが手を離すのとエティが振り解くのとはほぼ同時で、互いに無言のまま何となく目を逸らし合った。



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