:: RM>>06-03




 古書店から十分ほど歩くと大きな通りへ辿り着いた。少し歩けば通りを埋める建物が民家からショーケースの並びに変わり、行き交う人通りも増していく。
 通りを垂直に横切る川に渡された橋を渡った先には屋台のような店が立ち並び、それぞれの軒先には色とりどりの野菜や果物、肉や魚といった食料品が並んでいた。大通りにはひときわ往来が増え、キョロキョロ忙しなく首を振りながら歩くアスカは何度か買い物客にぶつかりかける。

 「活気ありますねー。 エティさんいつもここで買い物してるんですよね?」

 店主たちが客を呼び込む声と雑踏、井戸端会議をする女性たちの声などが入り混じる喧騒の中、アスカは少し声を張って隣のエティに話しかける。ここに着くまでに何度も「あの店は何か」「あの売り物は何か」という旨の質問に答え続け、途中から返事ををやめたエティは黙ったままずんずんと歩き続ける。

 「俺こういう市場って初めて来ました。 なんか昔ながらの商店街がお洒落になったって感じだなあ……」

 エティはひとつの屋台の前で足を止め、焼き上がったばかりの肉の串焼きをひとつ購入してアスカに押し付けた。

 「くれるんですか? ありがとうございます」
 
 エティは頷きもせず通りを歩いていく。アスカは塩胡椒の効いた肉を頬張りながらエティの後ろについて屋台を眺めつつ歩く。やがてゆるいカーブと共に食料品店の並びが終わり、再び店舗形式の店ばかりになった。エティがひとつの店の前で立ち止まり、看板を見上げて確認してからアスカを振り向く。

 「ここで待ってろ」

 エティは返事を待たずに店のドアを開いて店内へ入って行ってしまう。追って入ろうにも手に持った串焼きはまだ食べかけで、アスカは仕方なく指示通り店の前でぼんやりと待ち呆ける事にする。
 手垢ひとつなく拭き上げられたショーケースには薪や火かき棒などが並び、どうやら暖炉の用事で訪れたらしいことがわかる。ガラスの向こう、照明の絞られたクラシカルな店内で店主らしき若い少年とエティが何かを話しているのが見えた。
 はて、とアスカは首を傾げる。どうにも違和感を覚えたのだが、その原因が掴めない。肉の最後の一切れを頬張って腕を組み、串を指先で弄びながら眉根を寄せて思案する。
 答えが出る前に、エティが大きな紙袋を抱えながら店から出て来た。扉を支えながらエティへ深々と頭を下げる店主にアスカの方が恐縮してしまい、思わずぺこと会釈を返す。

 「荷物、俺持ちますよ」
 「自分で持てる」

 荷物に手を伸ばしかけたのを避けるようにエティが歩き出してしまい、アスカは行き場のない手で頬を掻きながらその後へ続く。
 再び食品市場へ差し掛かり、ずっと井戸端会議を続けているらしい少女たちの隣を通り過ぎる。串焼きの屋台脇のゴミ箱へ串を捨てる時に店主の少年と目が合い、アスカの中で思考がぱちんと弾けた。ぐるりと市場を見回して違和感の原因を確認してからエティの隣へ駆け寄る。

 「エティさん、もしかしてこの町って、若い人しかいないんですか?」

 行き交う買い物客も店の主人たちでさえも、エティやマシシ、琅玕や籽玉たちと同じ、アスカより少し年下の少年少女しかいないのだ。マシシの言っていた通りならば皆実年齢はアスカより遥かに高いのだろうが、それでも外見が少年少女だけで構成された町というのは、気が付いてしまうとより違和感が濃く感じてならない。

 「外見の成長は終わってる……とか?」
 「……」

 エティは二回目の質問も聞こえなかったかのように真っ直ぐ前を見たまま歩き続けた。アスカはその態度に少し怯むが、それよりも湧き出る好奇心が勝り質問を重ねる。

 「この世界の人って皆そうとか……? あ、そういやこの町の外って、」

 急にぴたりと立ち止まったエティの背中にぶつかりかけ、アスカは言葉を止めた。

 「……ジェラート屋?」

 エティが向き直った屋台のガラスケースに並んだ色とりどりのアイスクリームを見てアスカが呟く。エティがいくつかを指差しながら注文して店主に代金を支払うと、程なくカラフルな3色のジェラートが盛り付けられたコーンが差し出された。エティは手を伸ばさず、アスカへ視線を投げて受け取るように指示する。アスカが手に取ったのを見届けるが早いか、がしゃりと荷物を抱え直してまたもさっさと歩き出してしまった。

 「エティさん、もしかしてこれも俺に?」

 後ろから尋ねると、丸い頭が僅かに頷いた。戸惑いながらも礼を言い、赤白緑のうち白いジェラートを口に含んでみる。ミルクの香りが口内に広がった後にフルーツを思わせる爽やかな風味が抜ける独特の味。

 「ん、うま! 食ったことない味だ。 エティさんのお勧めなんですか?」
 「……知らん」
 「えっ」

 歩を早めるエティの後ろ姿に何か声を掛けようかとも思ったが、残り二つのフレーバーもなかなかアスカの好みで、結局無言のまま追いかける。怒らせてしまったのだろうかとも考えたが、何か違うような。もやもやと考えた答えはさっきの疑問よりずっと早く出た。

 ……もしかして、俺、食い物与えれば黙ると思われてる……?

 アスカは急いでアイス部分を食べきってコーンを口に押し込むと、もくもくと咀嚼しながらエティの隣に追いついて横から荷物を取り上げた。思いの外ずしりと重い袋をしっかり抱え、口の中のものを飲み下す。

 「アイス食ったら寒くなっちゃって。 体あっためさせてください」

 見上げてきた相手が何か言おうとするより早くそう言って笑いかけると、エティは僅かに眉を顰めたものの、荷物を取り返そうとはせずに無言で前を向いた。

 「そもそも俺、荷物持ちの為に連れてきてもらったのかと思ってました」
 「……退屈なんだろう。 お前が町に慣れれば買い物を頼める」

 予想外の返答にアスカはきょとりと目を瞠る。出来る仕事が無い時にカウンターで頬杖を付いて過ごす時間は確かに退屈だったが、口に出した事は一度もなかったのに。

 無関心そうに見えて、案外、この人は自分を見てくれているのかもしれない。

 「エティさ」
 「喧しい」
 「あはは、まだ何も言ってないですよー」

 隣を歩くつんと澄ました横顔を見つめると、自然とアスカの頬が緩んだ。



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