:: RM>>06-02




 学校指定の黒いコートを羽織り、足取り軽く表へ出る。エティはいつも食材の買出しをアスカが居ない時に済ませているようで、市場の存在を聞いてはいたものの出向いた事がなかったのだ。というより、勝手がわからないうちはあまり出歩かないよう言い含められているため、アスカはシイラの家と古書店以外にはどこへも行った事がない。一体市場がどんな場所なのかうまく想像できないが、少なくともアスカの身近なコンビニやスーパーなどとは違う場所なのだろうと、またも観光気分で心が弾んでいるのだった。
 冬の気配が迫るよく晴れた空を見上げ、時折吹き付ける冷たい風にさえ楽しそうに目を細めながら、アスカは隣を歩くエティを向いた。

 「市場ってここから遠いんです、……か……?」

 アスカはエティの顔を見るなりぴたりと足を止め、思わず相手の両肩を掴んだ。強制的にに歩みを止められたうえに体を向かい合わされたエティは少々迷惑そうにアスカを仰ぐ。

 「そうでもない。 ……何だ」
 「エティさん、瞳の色が」

 いつもは深い紅であるはずのエティの瞳が、陽の光を照り返して静かな青緑色を湛えていた。至近距離から覗き込むように見つめられ、エティはふいと目だけを斜め下に逸らす。

 「……外光を受けると変わるらしい」

 そんな事か、と言外に滲ませ、取るに足らない他人事のようにざっくりと説明を終えても、アスカは食い入る視線を外さない。

 「すげ……綺麗……宝石みてー……」

 アスカは左手でエティの肩を掴んだまま右手を翳して相手の白い顔へ影を落とす。青緑が赤へと移ろい、影を外すとまた蒼く煌いた。飽きる事無く何度も同じ動作を繰り返していると、エティが軽く身じろいだ。肩に食い込んだ親指をじろりと見下ろす。

 「……肩」
 「え?」
 「痛い」

 アスカはエティの瞳からようやく注意を逸らし、自分の状況を客観視した。夢中で覗き込むあまり近付きすぎた距離に気が付き、肩を掴んでいた左手をぱっと開いてエティを解放する。首から上が火を噴きそうなほどの熱を持つのを感じた。

 「すすすすいません俺っ、つい……!!」

 真っ赤になった顔の前であたふたと両手を振るアスカへ背中を向けて、エティは木々に挟まれた小道を何事も無かったかのように歩き出す。我に返ったアスカも遅れて後ろを追うが、予想外にエティの歩行速度が速く、思わず小走りになる。
 上着越しでもわかる細い肩の感触が遅れて左手に蘇り、引かない顔の赤みごと何かを振り払うように、ぶんぶんと首を左右に振った。



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