:: RM>>06-01




 学校から戻ると、留守にしていた二日の間に古書店からマシシの姿が消えていた。開け放たれたままのドアから彼に割り当てられている部屋を覗いてみれば備え付けの家具以外何も残されておらず、少し驚くアスカに、何も痕跡を残さないのが奴の癖なのだろうとエティは興味もなさそうに呟いた。配置は違えど同じ調度品で構成されているだけに、徐々に私物の増えてきているアスカの部屋とは対照的に思えた。
 生活を共にしたのは三日間、滞在中も朝から出かけて行ったと思えば日が落ちるまで戻らず、時間にしてみれば大して一緒にいたわけではないが、何かと騒がしい性質の彼がいなくなってエティと二人に戻ったこの家はアスカにはやけに静かに感じた。

 リビングもいやに広い。ソファに沈み込み、エティが作りすぎた朝食の収まる腹をさすりながら改めて室内を見回していると、大きな暖炉とその脇に置かれた揺り椅子が目に入る。引っ掛けられたブランケットごと薄い埃が覆い、その上に、高めの椅子の背へ届きそうなほど本が積み重なっている。暖炉の炉床も同様に埃が積もり、どちらも長い間使用されていない事が伺えた。

 「アスカ」

 廊下から声がかかり、アスカは返事をしながらソファを立って、廊下の階段奥の右手に開かれた扉を覗き込む。リビングよりも広い室内に家具や調度品があれこれ仕舞い込まれた物置。古書店の店内といい、つくづく外観と食い違った広さなのだとアスカは感心し、きっとこの世界には土地問題というものは存在しないのだろうなとぼんやり思う。
 獣道のように無理やり開かれた通路の奥、何やらごそごそと荷物をかき分けている背中に近付いた。エティが荷物の隙間から何やら引きずり出して体を起こし、捲っていた袖を戻して口と鼻を覆い、軽く咳払いしながら室内に舞う埃に眉を顰める。

 「これですか」

 暖房を運ぶのを手伝え、と事前に言い付けられていた事もあり、背後から覗き込んでそれが円筒型の黒いストーブであるとすぐに理解はできたが、アスカにとっては随分古風に見えて殆ど馴染みのない品だ。埃まみれのストーブをしげしげと眺め、本当に動くのだろうかと疑念を抱く。

 「これも魔法で動くんですか? この世界って燃料問題もないんだろうなあ……」

 エティは特に反応を返すでもなく、黙ったまましっしと手を振りストーブを運ぶよう指示した。アスカはそれに従い両脇の取っ手を掴んで持ち上げ、ずりずり後退するように運び出していく。なかなか重たいものの、持ち上げるのにそこまでの苦労は要さない。が、いかんせん通路が狭く、積まれた荷物にぶつかって崩してしまわないよう、動作が慎重になる。

 「よっ、と……。 そういやエティさん、暖炉って使わないんですか? これより大分暖かそうだけど」
 「煙突を掃除してない」
 「掃除すれば使えるの?」

 物置の扉を潜る直前でストーブを持ち上げたまま立ち止まり、瞳に好奇心をいっぱいに滲ませながら顔を上げるアスカに、エティは袖越しにくぐもった声で答えながらとにかくストーブを運び出せと手を振った。エティが先に廊下を通り抜けてリビングとダイニングの間の暖炉脇を指し、アスカはそこまでストーブを運んで壁際の床にそうっと下ろした。
 エティがシンクで雑巾を絞って、しゃがみ込んでストーブの埃を拭いながら呟く。

 「暖炉が使いたいのか」
 「できるんですか?」
 「……市場から掃除屋を呼べば」

 アスカにはエティが自分で口にした行動をどことなく嫌がっているように聞こえた。そういえば、シイラ曰く彼は人嫌いの気があるのだと思い出す。人に会いたくないのならアスカが応対すればいいはずで、それも提案しないという事は居住スペースへ他人を入れるのが嫌なのだろうか、と推察する。

 「うーん、自分で掃除すんのは無理なのかなあ」

 暖炉の口を飾る炉棚に手を付いてしゃがみ、煉瓦組みの炉室を覗き込んだ。暖炉自体始めて見るアスカは、煙突はサンタクロースが侵入するイメージしか持っていない。煙突の中を掃除するという行為は何となく知ってはいたが、どういう作業を要するのか全く検討がつかなかった。
 背後から、かちん、と石を打つような音が聞こえて振り返ると、ストーブの小窓の中に薄ぼんやりと灯りが点っていた。暖炉から離れてストーブの前にしゃがむと、徐々に光量が増していき煌々としたあつい光が顔に熱を吹きかけた。じりじりと焼くような熱はアスカにとって自宅で馴染みのある電気ストーブのものに似ているが、周囲を暖める事しかできないそれとは違い、不思議とじわりと室温が上昇していくのがわかる。

 「……火には劣るな。 ……掃除するか……」

 アスカは隣で呟きながら立ち上がるエティを振り向き仰いだ。

 「できるんですか?」
 「本で読んだ事はある……何とかなるだろう。 ただし掃除するのはお前だぞ」
 「もちろん! やらせて下さい!!」

 アスカが挙手しながら勢いよく立ち上がる。小さく頷いたエティはダイニングの椅子へ掛けていた濃茶の上着を手に取り、厚いウール生地へ袖を通す。

 「上着着て来い。 市場へ行く」



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