:: RM>>04-06




 流れる短い沈黙を割るようにしてドアが開き、アスカが室内へ顔を覗かせた。

 「エティさん、本の鑑定お願いします」
 「ん。 お前は戻っていい」
 「はーい」

 アスカはエティと入れ替わりにダイニングへ戻り、元の席に座る。籽玉が悪戯っぽく笑みを浮かべながら卓上に身を乗り出した。

 「喂喂、アスカはエティの事が好きなの?」

 籽玉から発せられた唐突な一言によってアスカは口に含んだ紅茶を噴出しかけて、くぐもった音を立てながら喉を詰まらせた。 大きく喉を鳴らしてなんとか飲み下し、顔を真っ赤に染めてぶんぶんと首を横に振る。

 「な、な、何言ってんだよ! 男同士だぞ!?」
 「……それの何がいけないの? ねえ琅玕?」

 不可解そうな面持ちの籽玉に尋ねられ、琅玕もきょとんとアスカを見ながら首を傾げる。

 「あ、星ノ宮にはそういうの無いんだぁ……って違う違う!」

 アスカはにたりと口の端を緩ませながら頷いてから、慌てて顔の前で両手を振って否定した。

 「そういうんじゃなくて、なんつーか憧れみたいな感じだよ! エティさんカッコいい!! みたいな、な!? ……いや、カッコいいは違うか……じゃ何だろ……」
 「……ま、アスカが否定するならぼくはこれ以上突っ込んだりしないけれど……」

 籽玉が椅子を降り、アスカの隣、さっきまでエティが座っていた椅子をアスカの椅子にくっ付けて腰掛けた。口元に手を当てて考え込むアスカの腕を取って撓垂れ掛かる。

 「それにそっちのほうが、ぼくには好都合なんだよねえ。 アスカの魔力は心地よくって」
 「ちょっ、近いって」

 ぴったりとくっ付かれて押し退けるわけにもいかず、アスカは僅かに頬を染めながら慌てふためく。

 「籽玉」

 琅玕がやおらに籽玉を嗜めた。籽玉は琅玕をちらりと一瞥し、アスカを至近距離から上目遣いで見上げて小首を傾げてみせる。

 「アスカは迷惑かい?」
 「め……迷惑までは言わないけどさ……」

 アスカはすぐ近くから少年に見上げられる事に強い既視感を覚えながら、視線を泳がせつつ曖昧に答えた。

 「ほら琅玕、アスカは良いって!」

 籽玉が得意げにアスカの肩に頬を摺り寄せる。琅玕が済まなそうに目配せして来るのに、アスカは苦笑して、大丈夫だとゆるく首を振る。
 琅玕は本当にいい子だな、と、勝手に頭の中で彼の背中に小さな翼を一対はためかせる。

 「ずーっとこうしていたいくらい。 アスカ、うちに泊まったらいいのに」
 「二人は一緒に住んでるのか?」
 「そうだよ、ぼくと琅玕二人で住んでるの」

 鳴り子の音を背中にエティがダイニングへ戻って来て、アスカと籽玉を一瞥して琅玕の隣の椅子に座る。籽玉が座る席の、自分のカップを引き寄せて少ない中身を飲み干した。

 「琅玕は郵便屋でね、ぼくは占い師なんだよ」
 「……占い、職業にしてたのか」
 「おや、エティは知らなかったっけ? 貴方は町の事に疎いものね……お客は選ぶけれど、ご存知の通りよく当たるんだから」
 「さっき俺の事言い当てたのも占いで?」
 「そうだよ。 あそこまで掘り下げるには、普通は少々特殊な事が必要なんだけれどね。 アスカの場合は特別なのさ」

 アスカに問われてより一層体をくっつける籽玉を見て、エティが琅玕に視線を向け、あれは何事かと無言で問うた。琅玕は申し訳なさそうに視線だけを返し、窓の外の暮れかかる空を見遣って席を立つ。

 「籽玉、そろそろお暇しよう」
 「やんやん! ぼくまだアスカと遊びたい!」

 アスカの腕にしがみ付いて駄々をこねる籽玉に琅玕が首を横に振る。

 「夕飯は乾焼蝦仁だよ?」

 それ聞いた籽玉がぴたりと動きを止めて、横目でちらと琅玕を伺う。

 「……油淋鶏は?」
 「勿論」
 「東坡肉は?」
 「食べきれないだろ? 明日にしよう」
 「呀ー! 帰る帰る!」

 籽玉が満面の笑みを浮かべながらあっさりとアスカの腕を放して椅子から降りる。琅玕は帽子を頭に乗せて上着を羽織り、鞄を肩に掛け、思い出したように鞄から大きな布の包みを取り出してエティの前に置いた。

 「よかったら召し上がってください。 アスカも是非」
 「ああ……いつも済まん」
 「いえ」

 エティに微笑んで、壁へ逆さに立てかけてあった箒を手に取り、籽玉を促して店の外へ出る。
 琅玕が両手で持った箒を横に向けるとしゅるりと柄の部分が伸びた。地面に水平に向けて手を離すと、腰ほどの高さでぴたりと浮かぶ。軽く跳躍して琅玕が飛び乗っても少しだけ高度を下げるだけで静止を続ける。琅玕自身も均衡を保ったまま、まるで平地に立っているのと同じように細い柄の上に立つ。
 籽玉が琅玕の後ろ、箒の穂側に横座りし、もう少しだけ箒が高度を下げた。

 「お茶、ご馳走様でした」
 「またね、アスカ、エティ」

 琅玕が頭を下げて、籽玉がひらひらと袖口を振った。アスカも二人に手を振り返す。

 「またなー」

 琅玕が柄の上で肩幅ほどに脚を広げて後ろ側に軽く足を踏み込むと、二人を乗せた箒がふわりと上昇した。古書店の屋根の高さを越えた辺りで今度は前側の足を踏み込むと、ぎゅるんと速度を出して風を切り、双子の姿はあっという間に夕闇へと消えた。

 「はー、すっげえなぁ……あんな高く飛んで落っこちないのかな。 ね、エティさん」

 額に手を翳して二人を見送ったアスカが目を輝かせながらエティを振り向く。

 「……あれ? あっ、待って下さいよエティさん!」

 そこに相手の姿は無く、エティはさっさと店内に戻ろうと扉を開けていた。慌てて追い縋り一緒にダイニングへ戻る。
 エティが琅玕の置いていった包みの布を解いて外すと、中から三段重ねられた黒い重箱が姿を現した。蓋を開いた中に丁寧に詰められているのは、アスカも見た事のある一般的な中華料理。一段ずつ開けて中身を確認していく。アスカがその隣で歓声をあげた。

 「うっわーすげえ、中華だ中華ー!! でも何で?」
 「あいつは料理が得意だからな。 お前に会いに来た手土産のつもりなんだろう……マメな奴だ」
 「へえー、何かわざわざ悪いなぁ。 でもうまそー!!」
 「丁度いいから夕飯にするか……」

 エティが重箱をキッチンへ持っていく前に、アスカは油淋鶏の端を一切れ摘み上げて口へ運んだ。上から本が一冊落ちてきて、行儀の悪さを窘められる。

 「あでっ。 ……んー、うめぇ……店で食うみたい! ……琅玕はいい子だなぁ……」
 「……なるほど、お前は食い物で釣れるのか」
 「えっ?……あ、違う! そういう意味じゃないですよ、さっきからずっといい子だなって思ってましたよ!?」

 慌てて首を横に振るが、軽蔑したような眼差しをじとりと向けられる。

 「……どうだかな」
 「本当ですってばー!」

 本日三度目。エティの腕に取り縋ると、間髪入れず飛んできた本の角がごしゃりと音を立ててアスカの脳天にクリーンヒットした。



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