:: RM>>04-03




 「そういえば二人とも、どうして俺の事知ってたんだ?」

 アスカの問いに、琅玕と籽玉は同時に顔を見合わせた。小首を傾げる籽玉に琅玕が頷き、二人同時に向き直って籽玉の方が口を開く。

 「ぼくには何でもお見通しなの」

 長い袖口で指をさされ、先程胸元を擦られた事を思い出してどきりとした。そんなアスカの内心に気づいているのかいないのか、薄い笑みを浮かべながら籽玉は続ける。

 「アスカは魔法のない世界から二日置きにここへ来て、店を手伝って、三日泊まっていくんだよね。 それだけ魔力を持っているのに魔法が使えないんでしょう? 本を浮かせようとしてもその場から少し動くだけ。 あ、簡単な仕組みの魔法道具は何とか動かせるんだったっけ。 名前はエティにも聞いたんだけれどね」
 「エティさん、また俺の事話したの?」

アスカが丁度テーブルに戻ってきたエティを見遣った。エティはトレーをテーブルに置き、各々の前にソーサーと共に紅茶の注がれたカップを配りながら無感情に呟く。

 「……俺が手紙で伝えたのは、お前が魔法を使えない事だけだ」
 「手紙?」
 「そうそう、ぼくたち用事があるからってエティに手紙で呼ばれたのさ。 ねー琅玕」

 カップに口を付けていた琅玕が少しだけ首を傾げて疑問を呈する。その無言の返事を気にも留めずに、籽玉は正面の二人を向いた。

 「もうその用事も済んだようなものだけれどね。 ひと目でわかったけれど……アスカの魔力の量、凄いよ。 堪らない」

 癖なのか、また袖口で口元を押さえる。袖の端から覗く口角がついと持ち上げられた。

 「その身に膨大な魔力を秘めてるのは間違いないね。 ただ、制御の方法もわからないのか垂れ流し状態になってる……」
 「待って待って、何の話してんの?」

 明らかに自分の事を話されているというのにまるで付いて行けず、アスカは籽玉の長台詞に割って入った。

 「アスカの魔力の状態をぼくが診たの。 そういう用件で呼ばれてたのさ」
 「琅玕は?」
 「おれは付き添い。 ……それと、アスカの顔が見たかった」
 「俺の? どうして?」

 ぱちくりと目をしばたたかせるアスカへ琅玕が答える前に、籽玉が更に言葉を割って入れる。

 「かと言って何か不都合があるわけでもなさそうに見えるよ。 入って来たぶん押し出されていくような……均衡は取れているように思えるね。 アスカ、普段魔力の関係で不便に感じる事はあるかい?」
 「魔力とかよくわっかんないからなぁ……」

 アスカは視線を斜め上へ泳がせて、星ノ宮に来てからの短い期間での心当たりを探す。と言っても、これまでにアスカが魔法関係で触れた事柄などごく僅か。すぐに記憶を浚い終わって視線を戻した。

 「そうだなー、強いて言えば、シャワー中にお湯と水間違えるのは嫌っちゃ嫌だな。 水もお湯もドバーって出るし」
 「それは単に下手なだけじゃないの? 違うの?」

 怪訝そうに眉根を寄せた籽玉からの問いに、エティが躊躇いなくコクリと大きく頷く。

 「エティさぁん! ちょっとは庇ってくださいよッ!!」
 「喧しい」
 「……ふうん……」

 アスカが隣のエティの腕に縋るようにしがみ付き、即座ににべも無く振り払われる。それを見た籽玉がポツリと呟いて頷き瞳を細めた。

 「……魔力の調節がうまくできていない、という事は?」

 黙ってやり取りを眺めていた琅玕がふと思い立ったように口を開いた。

 「そ、そうだよ! 調節? が? うまくできてないのかもしんないだろ!!」
 「やあ、見事な鸚鵡返しだね。 じゃあアスカ、試しにそこの蛇口から水を出してみてくれるかい? ぼくに見えるようにね」 

 アスカは席を立ち、蛇口が籽玉に見えるよう少し体をずらしてシンクに向き合い、蛇口横の青い宝石に向かってコックを捻るイメージをした。水仕事をするには聊か多い量の水が蛇口から溢れ出る。

 「嗯、琅玕の言った通りだね。 普通より物凄く雑に魔力を注いでいるよ」
 「だろ!?」
 「……何故偉そうにする」

 水を止めながら笑顔で勢い良く振り向き、エティの短い突っ込みにしゅんと項垂れる。

 「慣れの問題かもしれないし、そっと魔力を注ぐように気をつけてやってみたらいいんじゃない」

 籽玉の助言を早速試そうと、そろりとコックを捻るイメージをしてみる。ガクン、と蛇口が押し上がって、氾濫した滝のような勢いの水がシンクに置かれていた皿で丁度跳ね返り、アスカは頭から文字通りの水の洗礼を浴びた。

 「ぶぁっ!! だあああっ」
 「あははは! これは酷い、練習するならお風呂でやる事だね」

 慌てて水を止めても既に遅く、ずぶ濡れの床へ髪からボタボタと雫が滴り落ちる。遠慮も隠す気すらも無い嘲笑を掛けてきた籽玉を涙目できっと振り返った。

 「拭いて来い。 後で掃除しとけよ」
 「……ハイ……」

 文句を言う前にエティの呆れ混じりの呟きに遮られ、アスカは二度目、しゅんと頭を垂れた。



<<>>