「ただいまー」
傾きかけた陽に照らされた町を眺めながら古書店に戻り、カウンターで昼間の本の続きを読んでいたエティの前に荷物を置く。エティはそれを一瞥だけして本に視線を戻した。
「遅かったな」
「途中でシイラが寝ちゃったんだけど、起こすのも悪くて」
「シイラは何か言ってたか」
訊かれて一番に頭を過ぎったのはシイラに吐露しかけた己の心情だったが、それはひとまず心の隅に追いやっておく。
「……悪気はないんだろうけど、度々心に来ることを言われました……飴と鞭のジェットコースターっていうか。 心当たりはないけど、俺、知らない間に何かシイラに嫌われるような事したかなーって……」
「……そうか……気に入られたか」
「はあ……って、ええ!?」
ページを捲りながらさらりと呟かれた言葉に、アスカは立ったまま前のめりにカウンターに肘を付いてにエティと視線の高さを合わせた。むくれたように唇を尖らせる。
「エティさん話聞いてた?」
「あいつは気に入った相手ほど辛辣な口を聞くからな」
「な、なにそれ? あんなちっちゃいのにドSってこと?」
エティが眉根を寄せてアスカを向いた。それは「ドS」という言葉の意味を知っているからか知らないからなのか訊いてみようか悩んでいると、机に乗せたアスカの手元を指される。
「それは」
「あ、そだ。 手紙来てました」
帰りに何気なく覗いた郵便受けに入っていた一通の封筒を手渡す。エティは本に栞をして閉じ、封筒の裏面の文字列を一瞥して銅色の封蝋を割り剥がした。封筒と揃いの白い便箋が広げられたと同時に、アスカは微かに甘い香りを感じる。
エティの表情が、瞳を左から右へ何度か往復するうちどこか険のあるものになっていく。小さく溜息を吐き、便箋を畳んで封筒に戻し、机の引き出しに仕舞い込んだ。アスカとしてはエティの無表情を崩す相手は一体誰なんだと尋ねたくなるが、どうせ誰だか知らないのに訊くだけ野暮かと口を噤んでおく。
「そういえば、シイラって色んな物を一気に動かせるんですね。 あんな小さいのに」
「……あいつは道具を使ってるからな」
エティが紙袋を手に取ってその中をちらりとだけ確認するのを見て、アスカは帰り道で考えていたシイラからの問いの答えを思い出す。
「エティさん、薬箱の中身の取っ替えするの?」
「……は」
「シイラが言ってたけど、今日買ったのって常備薬なんでしょ? 薬箱の場所教えといてくださいよ、エティさんに何かあった時にわかんないとシャレになんないから」
エティが不可解な面持ちのままアスカと視線を合わせてきて、暫し見つめ合う。
「……エティさん?」
黒い双眸から不思議そうにまっすぐ返される眼差しに目を細め、エティは手元の袋に視線を落として、ふ、と僅かに声を漏らして少しだけ笑った。
どきり、とアスカの心臓が跳ねる。いつもの仏頂面がほんの少し緩んだだけにも見えるほど小さなその笑顔に、頬が染まるどころか体温の僅かな上昇まで感じてしまう。
「マセガキ。 ……教えてやるからついて来い」
「……はい!」
表情はすぐに引っ込められてしまったが、アスカの脳裏には確りと焼きついて。椅子を立つエティと一緒に体を起こし、アスカは懐っこい笑顔で思い切り頷いた。