エティが一冊ずつ本を手に取ってはぱらぱらと捲り、幾つかのグループに分類していく。曰く大まかなジャンル毎に分けているそうだが、文字の読めないアスカには勿論違いがわからない。
本を積む前に、太い鉛筆の芯にぴっちりと紐を巻き付けたような筆記具で、最終ページの端に数字を書き入れる。時折既に記入されている、一度買い取った事のあるものはそのままに。
絨毯に腰を下ろしてエティの作業を眺め、仕分けされた本が溜まったら、数字で指定された通路まで本を運ぶ。行ったり来たり待ったりを繰り返しているうちに本の山はどんどん嵩を減らしてゆき、昼を過ぎる頃にはエントランスからはすっかり本がなくなっていた。
ダイニングでアスカだけ昼食を摂って食後のコーヒーに口を付けていると、店の方に出ていたエティが戻ってきて、アスカの前に小さな革の小袋を置いた。
「ん? 何これ?」
コーヒーカップを置いて皮袋の紐を解き、中身を掌にあける。銀色と銅色の、小さな長方形の薄い板がちゃらりと音を立てながら幾つか転がり出た。一つを摘みあげて裏表を観察する。
「……コレってひょっとしてお金?」
「手伝いの報酬だ」
「え!?」
慌てて硬貨を皮袋に戻し、向かいに座ったエティへ袋を突っ返した。
「午前中しか働いてないのにバイト料なんて貰えないよ!」
「……ばいとりょう?」
「バイトっていうのはその……俺の世界では、店で働いて金を貰うのをアルバイトっていって……バイト、って略すんだけど……とにかく、こんなちょっとしか働いてないのに貰えないんだって」
戻された皮袋には目を遣らず、エティは口元に手を当てて、言い慣れない言葉を口内で転がしながら少し思案するような素振りを見せる。
「ばいと……バイト、か」
「うん」
「……お前、ここでバイトしないか」
「えっ!? そ、そりゃしたいけど……!! 俺で役に立てること、あるんですか?」
口元から手を外したエティが頷く。
「さっきと同じく本を運ぶのと……後は金の計算を覚えて、客の応対をしてくれればいい。 それが一番億劫だからな」
「したい!! ……でも俺、星ノ宮には三日に一回しか来れないみたいだから全然働けないけど……そういうシフトでもいいんですか?」
「……しふと、だか何だか知らんが……何なら泊まればいいだろう」
「いいの!? 計算的にはえーっと……さ、三泊とか……できちゃう、けど……」
遠慮がちに上目遣いで提案した駄目で元もとの案にも、あっさりとエティは頷いた。
アスカは思わずテーブルに身を乗り出してエティの両手を取る。驚いたエティの視線が、アスカの瞳とぶつかった。
「エティさんさえ良ければ、俺…俺、ここに居たい!! 手伝わせてください!! 金なんか要らない!!」
「……好きに、しろ」
「好きにします!!」
たじろぐエティが目を逸らして手を解こうとしても、アスカは笑顔のままその手を握って離さない。
「……暑苦しい」
シェルフからひとりでに取り出された本の角が、ごしゃりと音を立ててアスカの後頭部を強打した。
***
むせ返りそうなほど強い香の煙と香りが漂う、薄暗い室内。
床に座り込んで、すぐ前に置いた水盤へ張った水面に映りこんでいるアスカとエティの姿を見つめ、少年がその翠の双眸を細めながら声もなく笑う。
不意に少年の後ろから伸びた手が水面に触れ、波紋が映像をかき消す。少年は肩越しに振り返り、指先に付いた水滴を払いながら立ち上がるもう一人の少年を見上げた。
諌めるような表情を向けながら首を横に振る彼に、微笑んだまま甘えたような声をかける。
「そんな顔しないでよ。 今回だけ」
少年は何も映らなくなった水鏡に視線を戻し、袖口で口元を押さえながら妖しく笑みを深めた。
「ぼくに隠しきれると思ったら、大間違いなんだよねぇ……」