:: RM>>02-07




 扉越しに声をかけられて目を覚まし、差し込む外光と微かに聞こえる鳥の囀りに朝になったのだと悟る。身体を起こして気だるい返事を返すと、外から少し開けられたドアから、綺麗に畳まれた制服一式がベッドの上に投げ込まれた。
 一番上のグレーのワイシャツは昨日自分が着ていたものだが、ふわりと嗅ぎ慣れない洗剤の香りがした。どうやら脱衣所に置きっぱなしにしたのを夜のうちに洗濯されたらしい。ありがとうございます、と言う頃にはとうにドアは閉められて、階下に下りる足音がトントンと響いていた。
 シャツを広げると、その下から昨日アスカが穿いていた下着が出てくる。同じく洗濯済みのようだ。そういえば、シャワーを浴びた後、急場しのぎで鞄に入っていた体操着のズボンを下着代わりにを穿いたんだった、と思い当たる。

 つまり、エティさんは俺のシャツと一緒に、これも洗ったんだよな……

 申し訳なさと気恥ずかしさが胸から一気に駆け上がってきて、耳まで真っ赤になりながらアスカは一人ぶんぶんと首を振った。



 着替えて寝巻きを持って階段を下り、香りにつられるようにダイニングへ顔を覗かせる。テーブルの上には昨日の残りのシチューと、トースト、ハムエッグとそれに添えられたサラダとが並んでいた。
 向かいの席についたエティはコーヒーを啜りながら手元の本に視線を落としている。

 「おはようございます……あの、スイマセンなんか、洗濯してもらって……」

 もごもごと歯切れの悪いアスカの言葉に、エティは本から視線を外さないまま頷く。

 「冷める前に食え」
 「あ、ハイ。 いただきます……エティさん、また食べないの?」
 「ああ」
 「だから細いんだ……お腹空かないんですか?」
 「ああ」

 生返事にしか聞こえない返答にアスカは眉根を寄せた。言葉を重ねようとして、本に集中しているならそれを邪魔するのも野暮だろうかと、トーストと一緒に台詞を飲み込んだ。
 普段学校へ行きがけに食べるパン一つの朝食よりはるかに量が多かったが、ペロリと平らげて、せめてそれくらいはさせてくれと慣れない手つきで食器を洗った。

 時間を聞けば、朝八時。念のためもう一度穴を潜って元の世界に戻ってみると、今度は朝から日が落ちたばかりの夜の始めへと風景が変わる。時間は五時四十五分、計算と違わない。アスカは胸を撫で下ろした。
 古書店に戻ってダイニングに入ろうと扉に手を掛けて、ふとカウンターの方に目が行った。積み上げられた本が昨日よりまた幾らか増えて、入り口側からはもはや机の姿が見えなくなっている。

 「エティさん、俺、店の手伝いがしたいなーなんて……。 泊めてもらったお返し……になるかどうか、わかんないけど」
 「文字も読めないのにか」
 「うっ……」

 本から顔を上げぬままの突っ込みにアスカは少し考えて、人差し指を立てて提案する。

 「は、運ぶ作業とか! ってそうだ、魔法で運ぶのか……その方が早いか……。 えーと他には……うーんと……」
 「……大量に運ぶのは、魔法を使っても重労働に変わりない」
 「だったら! やらして下さい、泊めて貰ってタダで帰るなんでできないです」
 「……好きにしろ。 とりあえず、看板外に出してこい」
 「はーい!」

 小躍りでもしそうなほど上機嫌なアスカの背中に向けてエティは軽く息を吐き、本を閉じて席を立った。



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