ダイニングのテーブルに向かい合う二人の手元にはそれぞれ自前の紙とペンが用意され、違った言語の文字が綴られている。互いの主張の噛み合わなさとややこしさの為に逐一メモしながら纏める事になったのはいいが、アスカにはエティがインクと羽ペンで綴る文字が読めなかったため、鞄からノートとボールペンを引っ張り出して自分なりに二人の言い分をまとめたのだ。
躊躇いながら、改めて纏まった答えを口に出す。
「つまり、ここ……星ノ宮、っていうんでしたっけ? 星ノ宮の夕方五時から夜十時まで、約五時間が向こう…俺の住んでる所でいう十五分間で、向こうの夜十時から次の日の夕方五時までの十九時間が大体星ノ宮の二日半だった、ってこと?」
「……そういう事だろうな」
「あ、頭おかしくなりそう……」
一時間ほどかけてようやく導き出された結論は理解の範疇を簡単に飛び越えていて、平然としたまま腕を組むエティとは対照的に、アスカはペンを持ったままの右手で頭を抱えた。
「これって、結局噛み合ってなくないですか? 向こうでの十五分が星ノ宮の五時間くらいなら、俺がここに来るのって、二日半どころかもっとずっと後になるべきなんじゃないの……?」
「異世界と時間の流れ方が違うのは別に珍しい事じゃない。 ……と聞く。 事実、お前は二日半後に此処へ尋ねてきた」
「う〜〜〜ん、そういうモンなのかなぁ。 っていうか、異世界とかそういうの、身近なんですね」
エティの中ではもうこの話題は終結したのだろう、答えもせずにペンを置いてしまう。アスカもそれに倣ってノートの上にボールペンを放り、昨日と同様に冷めてしまっている紅茶を啜った。
向かいからボールペンを手に取って無表情のままじっと観察するエティを眺めながら、独り言を呟く。
「今日は九時頃帰ってみようかな……それで十分ちょっとしか経ってなかったら、そういう事だもんな」
「好きにしろ」
「え? ……ここに居ていいんですか?」
表情なく頷いてボールペンをノートの上に戻し、代わりにポットを持って席を立つエティをじっと見つめても、視線は全く合わない。変わらず無愛想な声色に、図々しいことを言ってしまっただろうかと言葉を訂正しようと口を開きかけたところで、はたと気が付く。
棚には紅茶の茶葉が詰められた瓶が両手で足りなさそうな数並んでいるが、今日淹れてくれたのも、昨日――エティにとってはさきおととい、アスカが美味いと言ったのと同じものだった。
歓迎、までいくかはわからないが、エティは決してアスカを拒絶しているわけではないのだろう。遠慮をしまい込んで、その背中に笑いかける。
「ありがと、エティさん」
無言のままエティが手を翳したコンロにぽっと火が灯る。
「そういえば昨日から思ってたんだけど、お店のほうはいいんですか? 他に店員さんがいるとか?」
「いや。 誰か入ってくれば音でわかる」
「え、こんなに広いのにおきゃ…………エティさん一人でやってんの? 大変じゃないですか?」
「べつに……。 察しの通り、大して客もいないからな」
咄嗟に飲み込んだ、お客さんいないの、という言葉を背中を向けたまま看破され、アスカはばつが悪そうに苦笑する。
「でも入り口の本の山はこの間来た時よりずいぶん増えてるけど……」
アスカの言葉を遮り、シャラララ、と鳴り子の硝子が弾き合う音が響く。扉一枚隔てているというのに、まるですぐ耳元で鳴っているかのように鮮明に聞こえた。
エティはコンロの火を止めて、店へ出ようとしてアスカを振り返る。
「好きな事をしていればいいが、店の方には出て来るな。 用事があったらドアを叩け」
アスカの方を見てはいるのだが、やはり視線は微妙に目から外された。
この人本当に目が合わないな、と思いつつ、はーい、と軽く手を挙げて返す。